今年3月13日に書いた記事です。
迷走する独のワクチン政策
ドイツでは、英国や米国などに比べてコロナワクチンの市民に対する投与が大幅に遅れている。高い医療水準を誇る国としては、予想外の事態だ。オックスフォード大学のデータバンクによると、3月10日の時点で少なくとも1回ワクチンの投与を受けた市民の数は、米国で6245万人、英国で2281万人だったのに対し、ドイツは576万人と大きく水を開けられている。
イスラエルでは市民の58.6%、英国では33.6%、米国では18.7%が少なくとも1回予防接種を受けたのに対し、ドイツではわずか6.9%。世界に先駆けてコロナワクチンを開発したバイオンテック社がある国で予防接種が遅れているのは、意外である。
英国に住んでいる知人たちは、私よりも年齢が若いのに早々にワクチンを受けた。私は1月にバイエルン州健康省のウエブサイトを通じて、予防接種を申請したが、なしのつぶてである。政府は「4月からホームドクター(かかりつけの医師)で予防接種を受けられるようにする」と発表したが、問い合わせても具体的な予定は教えてもらえない。メーカーの生産が需要に追い付かないのだ。
だがワクチン不足が伝えられる一方で、数百万本のワクチンが冷蔵庫で眠っているという奇妙な事態も起きている。今年3月2日に連邦健康省が発表したところによると、同国の16の州政府にアストラゼネカ(AZ)社のワクチン約320万本が配布されたが、同社のワクチンを受けたがらない人が多く、実際に投与されたのは、約51万本にすぎなかった。
多くの市民が忌避したのは、同社のワクチンが一部の医療従事者や消防士の間で強い副反応を引き起こしたという報道が、一因。さらに、独政府の広報には「バイオンテック・ファイザー社の製品の有効性は、最高95%」と記されている。予防接種を受けた市民が、新型コロナウイルスに感染する可能性は、予防接種を受けていない市民に比べて最高95%減るという意味だ。米国モデルナ社のワクチンの有効性は最高94%。これに対しAZ社の製品の有効性は最高70%と記述されている。ワクチンについての知識が少ない市民がこの数字を見ると、AZ社の製品が劣っているかのような印象を受ける。ウイルス学者は、「AZ社の製品は、感染して重症化する危険を大幅に減らす上では、有効だ」と説明している。
政府は市民の懸念を拭い去って、予防接種を受けた人の比率を引き上げることに成功するだろうか。
(文と絵・熊谷 徹 ミュンヘン在住)
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