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2021年03月19日14:36

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ボスニア内戦

2006年4月に書いた記事です。

モスター紀行

 今年4月上旬、私はボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国の首都サラエボから、南へ135キロの所にある古都、モスターへ向かっていた。

車は、険しい岩山に挟まれた渓谷を流れる、ネレトバ川に沿って、傾斜やカーブの多い山道を走る。目の覚めるような緑色のネレトバ川は、時にたっぷりとした水量を持ち、また時には急流となって、南へ向かう。

この地域は、ユル・ブリンナー主演の戦争映画「ネレトバの戦い」で世界的に有名になった場所で、第二次世界大戦中に、ドイツ軍とチトーに率いられたユーゴスラビアのパルチザン部隊が、死闘を繰り広げた。

実際、パルチザンが橋を爆破してドイツ軍の前進を食い止めたとされる、ジャブラニツァには、橋の残骸が渓谷に残っているほか、ドイツ軍から捕獲した戦利品、150ミリ榴弾砲や、記念館が置かれている。チトーが生きていた頃には、カリスマ的指導者の偉業を讃える、聖廟のような場所だったのだろう。ユーゴの「パルチザン神話」は、ここで生まれたのである。

 ジャブラニツァからさらに南へ30分走ると、モスターの町に入る。ネレトバ川沿いに旧市街を歩くと、美しいアーチを描く石造りの橋が、目に飛び込んでくる。橋の高さは、25メートル。石材の白さと、川面の緑色のコントラストが、脳裏に刻まれる。16世紀に、この地域がオスマントルコの一部だった時代に、トルコ人建築家が設計した「スターリ・モスト(古い橋)」である。

モスターという町の名前も、ヘルツェゴヴィナ語の橋(モスト)という言葉から来ている。モスターには、8つの大きなモスク(イスラム教寺院)がある。旧市街を歩いていると、朝な夕なに、ミナレット(尖塔)から「アラーは偉大なり」という祈りの声が響き渡り、中東にいるような錯覚に陥る。ここでは、ヨーロッパとイスラム世界が混ざり合っているのである。16世紀に建てられた、「カラジョズ・ベグ・モスク」の中に入り、ミナレットに登ってみた。

眼下に、ネレトバの急流と、スターリ・モストのアーチ、そして旧市街のくすんだ色の屋根が広がっている。しかしこの美しい橋は、2004年に再建されたものである。

16世紀に作られたこの貴重な文化遺産は、1993年にこの地域をゆるがした内戦で、クロアチア武装勢力の砲撃を受け、無残に破壊されたのである。ネレトバ川を挟んだ町の東側には主にイスラム教徒が、そして西側にはクロアチア人が住んでいた。それまで同じ町の住民だった彼らは、旧ユーゴスラビアの各地で内戦が始まると、町の主導権を確保するために、武器をとって殺し合いを始めたのである。

私はボスニア・ヘルツェゴヴィナ共和国首都サラエボを何回も訪れているため、内戦で損傷を受けた建物は、すでに見ていた。しかし、南部の主要都市モスターの荒廃ぶりは、サラエボをはるかに上回るものだった。

1990年代の前半に吹き荒れた内戦では、町の東半分に陣取るイスラム教徒と、町の西側に住んでいたクロアチア人たちが戦ったが、両軍はアレクセ・サンティシャ通りとアデマ・ブシャ通りをはさんで、対峙していた。

つまりこの通りは、市街戦で最前線となったわけだが、この通りには、戦争が終わって11年経った今も、破壊された建物が無数に残っている。ある建物は、砲弾の直撃を受けて、外壁が崩れたままになっている。

別のアパートは、砲撃のために、一部の壁を残して瓦礫の山となっている。ある建物の壁は、無数の機関銃弾を浴びて、蜂の巣のようだ。現在EU(欧州連合)の指導の下に、この通りの団地を再建する作業が行われているが、作業は遅々として進まない。ネレトバ川に面した高級ホテルも、廃墟と化したまま、再建のめどは立っていない。破壊された建物が林立する風景は、第二次世界大戦中のスターリングラードや、内戦下のベイルートを思い出させる。

国営石油会社「エネルゴ・ペトロール」社のビルも、砲撃による火災で破壊され、廃墟になったままである。巨大な銀行の建物も、全てのガラス窓が破れ、廃屋となっている。

普通に営業している洋品店やスーパーマーケットの間に、荒廃した建物が残っているのは、超現実的な風景である。16世紀に建立されたモスク(イスラム教寺院)も、内戦で徹底的に破壊されたため、現在の建物は再建されたものばかりである。あるボスニア人は言う。

「これでもモスターは良くなった方です。私が内戦終結直後の1996年にモスターに来た時には、気分がどん底まで落ち込むほど、市街地がすさまじく破壊されていました」。

1つの町で仲良く暮らしていた同国人が突然殺し合いを始める。ボスニア内戦は、「理性」というものがいかに脆いかをはっきりと示した。



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