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2021年03月13日02:22

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ナポリ

2002年に書いた記事です。

イタリア式運転術 (ナポリ)

南イタリアの古都、ナポリ。青い海に面し、雄大なベスビオス山をはるかに望む、歴史とロマンの宝庫だ。紀元前五00年頃からギリシャの植民都市として基礎が築かれ、十七世紀には欧州最大の都市の一つとして栄えた。十八世紀からスペインのブルボン王家に支配されたために、大規模で豪華な建物が多数建てられた。

だが今日のナポリでは、経済の停滞や、インフラ整備の遅れ、犯罪の多発によって、ロマンチックなイメ−ジに影が落ちている。特にドイツから来た者にとっては、この町の交通事情はカルチャ−ショックを与える。同じヨ−ロッパといってもドイツとイタリアでは雲泥の差があるのだ。ドイツでは、交通ル−ルや標識さえ守っていれば、車の運転は比較的簡単である。たとえば標識や信号のない交差点では、右側から来た車が優先、細い道から広い道に入る時には、広い道を走っている車が優先。ロ−タリ−では中にいる車が優先といった決まりがある。

ところが南イタリアには、こうした規則がない。もしくは、規則があっても守られていない。信号のない交差点では、先に入ったドライバ−が勝ちである。ぶつからない限り強引に突っ切らないと、いつまでもたっても前に進むことができない。ほとんどのドライバ−がこのような運転をしているので、交差点の中心部は、あらゆる方向へ進もうとする車でごった返している。脇道から大通りに入る車も、車の流れが途切れるのを待たない。数秒のスキさえあれば、すぐに鼻先を突っ込んでくる。こちらはそのまま走ると衝突するので、急ブレ−キを踏まざるを得ない。相手は涼しい顔で大通りに入りこむ。

ドイツでこんな風に車の流れをさえぎったら、クラクションで猛烈に抗議されるだろうが、ここ南イタリアでは誰も目くじらを立てない。ベスパなどのスク−タ−も多く、ブンブンと蝿のような音を立てて、車の間をすり抜ける。歩行者も悠々としたもので、道の真中まで出てきて、手で車に「停まれ」の合図をして押しとどめ、道を横切る。車線もいいかげんで、道の幅さえ許せば、車は三列にも四列にもなって走っている。反対車線を逆行している車も見た。

こうしたことから、ドイツや日本から来たドライバ−にとって、南イタリアでの運転は神経をすり減らす。目の前に突然飛び出してくる車やスク−タ−、歩行者をよけるための急ブレ−キや急ハンドルの連続で、ハラハラのしどおしである。私自身、あの混沌としたナポリの中心街で車を運転して、よく事故を起こさなかったものだと思う。実際、南イタリアでは側面が大きくへこんだり、バンパ−やライトが壊れたりしている車をたびたび見かけた。あのような運転の仕方では、少々の衝突事故は珍しくないだろう。

南イタリアのもう一つの問題は、自動車盗難である。私の知り合いのドイツ人は、南イタリア・バリの近くの砂浜で日光浴をしている間に、近くに停めておいたフォルクスワ−ゲン・ゴルフを盗まれた。またドイツのレンタカ−会社の契約書には、「この車をイタリアで運転されて盗まれた場合には、保険がきかないのでお客さまに車の時価を全額弁償して頂きます」と書いてある。ある時ナポリで道に停めてある車の運転席を覗き込んで、びっくりした。ハンドルがスッポリと鉄製の赤いカバ−で覆われ、その上に金庫にでもつけるような頑丈な錠前が取り付けられているのだ。これではプロの泥棒もかなり苦労するだろう。ドイツでも盗難防止用の器具は売られているが、この赤い鍋のようなしろものは見たことがない。

また南イタリアで外国人ドライバーを悩ませるのが、路上に車を停めると近寄ってきて、「車が盗まれないように見張ってあげるから、金をくれ」と声をかける「私設ガ−ドマン」である。彼らは常に歩道をぶらぶらしていて、駐車するドライバーを待っている。私もこのような人々から、しばしば金を要求された。渡す金は三000リラ(二00円)前後でいいのだが、事情をよく知らない我々には、一種の恐喝にも思える。イタリアに詳しい知人によると、支払いを拒否すると車を傷つけられることもあるので、払ったほうが無難だそうである。

このように書いてくると、南イタリアではおっかないことが多いように思われそうだが、ほっとさせるような人情もある。ある時、美術館に行ったが駐車場が満車だった。仕方なく近くの路上に停めたが、例によって私設ガ−ドマンが地の底から湧いてきたかのように現われ、ニヤニヤしながら私の後を尾けてくる。そこで美術館の門番に駐車場はないのかと尋ねると、「職員専用の駐車場が空いているから、そこに駐車させてあげましょう」と言って、遮断機を開けてくれた。規則に縛られない、イタリア人ならではの柔軟さだ。ドイツではこのような特別待遇は考えられない。

またナポリの中心街には、一方通行の道が多い。このため、ある時道幅が三メ−トル位しかなく、しかも急な坂道の路地に車で迷いこんでしまった。頭上には満艦飾の洗濯物がぶら下がり、日光もろくに射さない。まるで昼なお暗い谷底のようである。鋭い目付きの若者が、路地に闖入した外国人をにらみつける。ただでさえ狭い路地には、ごみ箱やスク−タ−が置いてあるので、車が一台そろそろと通るのがやっとだ。ここはトレド通りの裏手、治安が悪いため入らない方がよいと友人が忠告してくれた、通称スペイン地区である。ファ−スト・ギアで這うようにしか進めない道は、正に迷路である。

道を曲がるのに苦労していると、赤いセ−タ−を着た、白髪のイタリア人の男性が車を誘導してくれた上、路地から抜ける道を教えてくれた。さらに身振りで「ドアをロックしろ」と指示した。やはり外国人には危険な場所だったのだろう。親切なナポリっ子たちに助けられて、私は南イタリアの混沌を脱出できたのである。

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