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2019年10月27日06:04

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最後の月光

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 今夜は月がいい・・・

こうして冷たい岩に頭をのせ目を閉じていると、まるでいつもと同じ静かな夜だ。

森は蒼白い月光を受けて冷たく光っている。・・・何もかも夢だったのかも知れない・・・そんな気さえしてくる。

しかしもう二度と俺は朝日を見ることも無いのだろう。

今夜は俺の最期の夜だった。

俺はこの森に生まれ育った狼だ。
まったく馬鹿な話だが、俺は村に住む一人の人間の娘に恋をしていた。
しかし俺の狼の身体がそんなことを許すはずも無かった。
娘はメイと言う名だった。
メイにはカイという名の兄がいた。
カイは狩人だったが、今年は獲物も無く貧しかった。
そしてメイの身体は日増しに弱くなり、家に篭りがちになっていった。
メイは優しく、兄に心配を掛けないようにと明るく振るまったが、秋を迎える頃には殆ど寝たきりになっていた。

しばらくの間メイの姿をみられなかった俺は、思い余ってカイの家の前まで行ってみた。
壊れかけた窓から中を覗くと、薄いシーツにくるまって眠るメイと、その横にうなだれたカイがいた。
「もうすぐ冬になるというのにこんな薄い着物一枚しか無いとは、とてもメイはこの冬を越せそうにない。せめて毛皮の一つもあったなら・・・。」
カイは呪うように呟いていた。

俺はその晩、森に帰ってからもずっとあることを考えていた。

翌朝、俺は山奥に住む魔女に会いに行った。
俺はなんとかメイを助けたいと魔女に頼んだ。
はじめは断られていたが、何度も頼んでやっと一晩だけ俺を人間の姿に変えてくれる約束をした。

人間の姿をもらった夜、俺はカイの家を訪ねた。
戸を叩くとやつれ果てたカイが出てきた。
「私はとなりの村から来たものですが、実はあんたに頼みがあるのです。・・・近頃、森に住む狼が私達の畑を荒らしたり、子供達を襲ったりしてみんな困っているのです。どうかあんたにあの狼を殺してほしいのです。」
カイが妹のためにこの話を引き受けることは初めからわかっていた。
そして俺は自分の住処の場所を詳しく教えた。
カイは明日の夜、その狼を殺すことを約束した。

 今夜、もうすぐカイが来るだろう。俺が教えたとおりのやり方で・・・。

そして俺は自分の命と引き替えに、やっとメイを抱くことが出来る。冬の間、彼女を温める毛皮となって・・・・
何もかも俺の願いどおりだ、そう思うと微かに笑みがこぼれた。

・・・その時、背中で稲妻のような激しい音がし、俺の身体が宙に浮いた。

 俺が最期に見たものは、蒼白い月光の中にある優しいメイの笑顔だった。

                        
しゃあみん
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