mixiユーザー(id:7303697)

2019年09月10日07:42

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どっちもどっち

この話とは別の用法だが、「フツーに美味しい」などの表現は(今や仕方なく慣れたが)違和感があるし嫌いだ。

それはそうと、

> 卵アレルギーの人が「たまごサンドが食べられないのは人生を損している」と言われたら、不快感を覚えるのは明白だ。

「不快感を覚えるのは明白」かなあ?
私はアレルギーは無いので、このケースでの気持ちは想像するしかない。「嫌い」「食べたくない」のではなくて「食べたくても食べられない(食べるとタイヘン)」という事情であるから、そういう事情に配慮すべき、というところまではわかる。
しかし、ここに例示されている場面については、想像する限りでは、私がそうだったら「ああ、美味しいらしいね。でも僕はアレルギーで食べられないんだよ、残念!」と思い、そう言うだけ。

「人生損」発言は、そのレトリックを好むか否かは別として、「とても美味しい」の大袈裟な表現の一つであることはそれこそが「明白」で悪意は無い。それを言葉通り受け止め「いや、人生で損なんてしないよ、そんなことで」と反論するほうの感性こそが、むしろどちらかと言えば「フツーじゃない」もしくは「過剰反応」であるような気がする。

「私は卵アレルギーです(だから、そのことに気を付けて話してください)」という名札をつけてくれていない限り「フツーは」そういう事情はわからない。
だからと言って、すべての人に「この人、もしかしたら卵アレルギーかもしれないから」「海老、ダメかも」「蕎麦も危ない」「身内に〇〇の病気の人がいるかも」とすべての可能性を考えていたらしゃべれないし、「アレルギー名札」も(アレルギーに限らず、あらゆる特殊事情や特性など)すべてを網羅しようとしたら30枚くらいぶらさげないといけない。
「私は以前フランス人に酷くふられて傷ついたので、フランスの話題はNG」「野球のバットで人を怪我させてしまったことを引きずっているから、野球の話はダメです。あと、ラケットもスイングするからテニスもダメかな。あ、あとゴルフも」「大好きな叔父さんが以前詐欺の被害に遭って、今も苦労しているから詐欺の話もちょっと」など。

誰かが、特にそれが多数だったり、弱者だったりする場合に「不快感を覚える」可能性がある話題や表現は、できる限り避けるべきだとは思うけれど、それでも各人に各人なりの人生の背景や好悪(こうお)の感情がある以上、それを完全に排除することはそもそも不可能だ。

言葉狩り、面倒な世の中、モンスター〇〇、クレイマー。
そんな言葉が浮かぶのだが、この程度のことは、「そうか。この人はたまごサンドがそんなに好きで、オレにも奨めてくれているのか。(でも、この表現方法は、オレの感性には合わないな)」と、サラッと受け流せないものだろうか?


■南キャン山里“これを食べられない人は人生損してる”という言葉に怒り「そんな薄い人生送っていない」
(キャリコネ - 09月09日 18:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=210&from=diary&id=5781776
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