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2019年09月08日11:49

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鈴木秀美&札幌交響楽団「今度こそ!鈴木秀美」

【プログラム】
C.P.E.バッハ: シンフォニアト 長調 Wq.182-1
ハイドン: 交響曲 第104番 ニ長調「ロンドン」
ドヴォルザーク: 交響曲 第8番 ト長調 Op.88

(アンコール)
ハイドン:交響曲第92番ト長調「オックスフォード」より第3楽章

札幌交響楽団(管弦楽)
鈴木 秀美(指揮)


最近,首都圏のオーケストラなどに客演をして,好評を博している鈴木秀美との初共演となる札響の名曲コンサートへ行ってきた。評判どおりの高い水準の演奏会である。

言うまでもなく,指揮者,鈴木秀美が採用する演奏スタイルはピリオード奏法。テンポはやや速めで,アクセントは強く,スタッカートが際立つ。オーケストラの配置も,ステージの下手から順に,第一ヴァイオリン,チェロとその後方にコントラバス,ヴィオラ,第二ヴァイオリン。第一ヴァイオリン,第二ヴァイオリン,チェロ・コントラバス,ヴィオラという通常の配置と異なる配置のせいかどうか分からないが,いつもと響きが違う。響きが引き締まっていて,キビキビとした軽快な動きが小気味良い。

プログラムは古楽奏法の観点からの「シンフォニー」の成立と発展の歴史とでもいうべき選曲である。前古典派のC.P.E.バッハの「シンフォニア」で交響曲が成立する萌芽を,ハイドンの「ロンドン」でこのジャンルの完成を,そしてドヴォルザーク の「交響曲第8番」で交響曲が変容する様子を描く意図であろう。大バッハの次男の「シンフォニア」から説き起こすところは,古楽奏者の面目躍如としていて,この試みを聴衆に分かりやすく印象付けるのに有効だ。名曲コンサートで音楽史の講義のような曲目を聴かされた聴衆は面食らったかも知れない。だが,演奏自体は明快であり,マエストロ鈴木秀美の意図は十分に伝わったはず。

また,このコンサートを聴いて,札幌交響楽団の適応力の高さも印象に残った。鈴木秀美が要求するピリオード奏法にかなりの程度まで応えていたのは予想外だった。デリケートな弦の響きが持ち味の札響でも,これほどダイナミックな古楽奏法で演奏できるとは,さすがプロの集団である。別の言い方をすれば,それだけ古楽奏法が世の中に浸透した結果という側面もあるのだろう。

まず,大バッハの次男の「シンフォニア」の演奏は,想像していた以上にアクセントが強く,テンポもより速く感じた。一言でいうと,前期古典派というより父バッハ寄りの解釈だ。バロックの器楽曲シンフォニアから,息子バッハの「多感様式」が浮き彫りにされ,それを中心に交響曲が誕生するプロセスに焦点が当てられた。ただし,前期古典派の論理的な展開の側面が後退したような印象を受けた。この作曲家の作品は,元来こうした側面が弱いという事情も十分考えられるが。

弦楽合奏だけで演奏されたC.P.Eバッハの「シンフォニア」から,管楽器が加わるハイドンの「ロンドン」では,よりダイナミズムが増す。もちろん,ハイドンの成熟したシンフォニーの書法が力強い音楽の源泉であることは間違いないのだが,フレーズの頭に強いアクセントを置き,速めのテンポで駆け抜けるような奏法がダイナミズムをより強調させる効果は絶大だ。普段,モダン楽器のオーケストラでは味わえない力強いスタッカートの「ロンドン」に満足する。ピリオード奏法という同じ物差しで比べた,C.P.E.バッハの「シンフォニア」とハイドンの「ロンドン」は,それらの書法の充実度はおろか交響曲というジャンルの成熟度が手に取るようにわかる。息子バッハの「多感様式」を引き継ぎつつ,それを基礎に音楽的な論理展開を発展させたハイドンの音楽史への貢献が如実に描かれる。

ドヴォルザークの交響曲第8番では,スタッカートからレガート寄りへ切り替え,さらにテンポも落とし気味に変更する。これがマエストロ鈴木のロマン派に対する解釈のようだ。このアプローチの変更によって,稀代のメロディー・メーカーであるドヴォルザークの特徴を捉えることができる。チェコ国民楽派の作曲家らしい側面を描き出すことに成功した点は否定できないが,惜しむらくはドヴォルザークの音楽の持つダイナミズムが減じてしまった点だ。たとえば,第3楽章アレグレット・グラツィオーソの美しいメロディーを堪能できるのはこのアプローチのメリットであるが,最終楽章のアレグロ・マ・ノン・トロッポの変奏曲の壮大なフィナーレがやや腰砕けになり,終わり方が物足りなくなってしまった。この辺りは,指揮者,鈴木秀美の課題なのであろうし,音楽家,鈴木秀美がロマン派の音楽にどうアプローチしていくかというより根本的な課題でもあるのだろう。

この名曲コンサートは,昨年9月に実施されるはずの企画だった。ところが,その演奏会の前日に北海道胆振東部地震が発生し,演奏会場などは無事だったものの諸般の事情により,演奏会自体はキャンセルの止む無きに至ったという経緯がある。今年のコンサートは「今度こそ!鈴木秀美」と銘打たれ,「2018年に果たせなかった初共演を1年の時間を経て実現させます」との宣伝文句がチラシなどに書かれている。これは謳い文句という要素が大きいと思うが,札響にとって鈴木秀美と共演を果たした経験が意味するところは貴重だ。この指揮者のタクトのもとで,ピリオード奏法が持つ可能性に目覚める機会を与えられたのではないだろうか。この共演を糧に札響が演奏の幅を広げ,一層の成長を遂げることを願う。
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