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2019年09月07日08:48

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近代秀歌と現代秀歌

文芸や音楽ではカテゴリー毎に、名作を紹介した初心者向けガイド本が色々と出てますが、よく出来た本は案外少ないという印象です。

著者の好みが偏っていて、取捨選択に疑問な本からして結構あります。それらは論外としても、選評が読者の背中をちっとも押してないガイドのなんと多いことか。作品の魅力を伝えるのは二の次で選者の主張ばかり押し付けていたり、褒めてはいるけど提灯記事っぽくなってしまっていたり。ジャズの名盤紹介ではその手のをけっこう見かけましたっけね。

■「近代秀歌」「現代秀歌」とは
で、こないだ岩波新書の「近代秀歌」「現代秀歌」の二冊を読んだんですが、優れたガイドブックに出会えて嬉しかったので、日記のネタにしてみた次第です。いずれも著者は永田和宏さん。

これら新書が紹介してるのは短歌。まったく馴染みのない世界なので選歌が妥当かは正直分かりませんが、世間のレビューは概ね好評ですし、偏りなく採用しようとする態度も本文から感じ取れます。なにより読者に興味を湧かせる解説が巧く、「こういうのがガイド本には大事なんだよなあ」と。

この本の「近代」「現代」の区切りについては両書の前書きで規定してますが、ざっくり言えば活躍時期が明治から大正だった歌人の作品は「近代」に掲載し、それ以降のものは「現代」で扱っています。どちらも選出は100首ですが、その歌人の別の作品なども合わせて載せているため、本文に記されている歌は倍以上ありそうです。

■「近代秀歌」の歌
かろうじて私でも聞いたことがあるのが、何首かありました。

1. やは肌のあつき血汐にふれも見でさびしからずや道を説く君

2. 死に近き母に添寝のしんしんと遠田のかはづ天に聞こゆる

3. ふるさとの訛りなつかし停車場の人ごみの中にそを聴きにゆく

4. 東海の小島の磯の白浜にわれ泣きぬれて蟹とたはむる

5. たはむれに母を背負ひてそのあまり軽きに泣きて三歩あゆまず

6. はたれけどはたらけど猶わが生活楽にならざりぢつと手を見る

(1. 与謝野晶子、2. 斎藤茂吉、3. 4. 5. 6. 石川啄木)。新たに知って、特に気に入ったものでは、

7. 其子等に捕らへられむと母が魂螢と成りて夜を来たるらし

8. われの眼のつひに見るなき世はありて昼のもなかを白萩の散る

9. 白鳥は哀しからずや空の青海のあをにも染まずただよふ

10. 牛飼いが歌よむ時に世の中の新しき歌大いに起こる

といったところですか (7. 窪田空穂、8. 明石海人、9. 若山牧水、10. 伊藤左千夫)。8. ハンセン病を患った海人は失明し、療養所内で詠んだ歌。切ない...。 10. 明治となり、自分のような庶民も作歌する時代となったと、意気込みを示した一首です。それまで和歌は、上流階級、知識階級のモノだったんですね。

■「現代秀歌」の歌
白状しますとすべて知らない歌ばかり。「現代」とはいえ戦中の昭和もこちらに含まれますし、終戦、安保闘争、阪神・淡路や東日本の大震災までと、題材は多彩を極めています。

11. ひきよせて寄り添ふごとく刺ししかば聲も立てなくくづをれて伏す

12. ゆずらざるわが狭量を吹きてゆく氷湖の風は雪巻き上げて

13. 終バスにふたりは眠る紫の <降ります> ランプに取り囲まれて

14. かなしみは明るさゆゑにきたりけり一本の樹の翳らひにけり

(11. 宮柊二、12. 武川忠一、13. 穂村弘、14. 前登志夫) 11. は日中戦争での闘いの記憶です。敵兵を引き寄せて、寄り添ふごとく刺す...なんと過酷な状況でしょうか。

■著者の永田和宏さん
著者の永田さんは、なんと化学者でもあります。論文に掲載する実験結果が恣意的ではいけないのと同様に、本書でも歌を選る立場として、公平に努めようとする姿勢が見て取れます。

特に徹底しているのは氏の配偶者、河野裕子 (かわのゆうこ) さんの歌に付けた「現代秀歌」の解説で、けっして特別扱いはしません。そこだけ読むとご夫婦だとは気付かない程です。「何もそこまでしなくても、直接見聞きしたご本人のエピソードを綴ったって良いのになあ」と思っていたら、100首すべて載せた後の、最後の章にしっかりと載せてありました。

明確に線引きした上で、公私の「私」の部分を綴っていたのです。そこで語られているのは、河野裕子さんの闘病生活と看病の日々。河野さんの最期の歌は、口伝えで永田さんが書き留めたそうですが、

手をのべてあなたとあなたに触れたきに息が足りないこの世の息が

と、なんとも強く胸を突く辞世の歌でありました。
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