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2019年08月27日11:11

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ちょっと違うような?

相手に考えさせ、その答えによって、自分の距離感を決めるのでは?

>>「良い時計してはりますなぁ」

これで時計自慢を始めるのか、時間に気が付いて帰るのかという所で判断をするのでは?
で、時計自慢をする人には、次からは予め時間に余裕があるときにしか会わない様にするとか、或いは、会う時には、時間を決めるとか、そういう判断基準にするのではないのでしょうかね?
ブブ漬けや、食事を勧めるのも同じ類の話で、よそ様のお家で予定にない食事をご馳走になる人なのか、そうじゃないのか?という事を見極めるためなのでは?
恐らく前者は、無遠慮と解釈されるのでしょうし、後者は常識人として理解されるんだと思うんですよね。

では、何故そのような遠回しに表現になるのか?というと、恐らく京都という土地の特色からだと思うんですよね。
古くは、日本の中心で、それこそ全国から様々な人達が出入りしていたわけですよね。
今でこそ、日本という括りで常識非常識と言う判断をしている訳ですが、昔は、土地土地で、その土地の状況に合わせた常識があったわけです。
それはある土地では非常識だったりするのですが、その土地では、生きていくためには当然の行動だったりしたんですよね。
例えば、よその土地では泥棒となる行為であっても、その土地では共有の財産という話だったりするわけですよ。

その人の行為を自分の尺度で

非常識

と切り捨てるか否かという話なのではないのでしょうか、京都の遠回しの表現って。
京都は、日本人のるつぼ状態で、例えば江戸は同じようなるつぼでしたが、開拓地であったため、乱暴な人付き合いが許容され、遠回りで相手を探るような言い回しが生まれなかったのでしょうけど、京都の場合、既に1000年以上の歴史がある場所で、天皇のおひざ元ですからね。
無用な争いごとを避けるため、自分の尺度で判断せず、相手の状況を見極め接してきたのではないのでしょうかね?

昨今の勝手に空気を読んで、俺空気読めますwwと見当違いの話をするのが良いのか、それとも京都流で、話の過程で相手を押しは図るのが良いのかという話なのではないのでしょうかね。

京都の遠回しの表現は、本音と建前の話ではなく、相手を傷つけずに、自分と相手の常識を推し量る知恵なのではないのでしょうかね。


聞いた話では、ブブ漬けご馳走になると、人によっては次からはちゃんと食事に誘われるとか?w



■「良い時計してはりますなぁ」→京都弁で「話が長い」の意味って本当? 専門家に聞いてみた
(Jタウンネット - 08月27日 06:10)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=241&from=diary&id=5763775

「良い時計してはりますなぁ」

京都の人と会話をしている時、相手からこのように言われたとしたらあなたは何と返すだろうか。


「ありがとうございます」
「そんなことないです」
「この時計は○○で...」

こんな風に返してしまいそうだが、実はこれ、純粋に時計を褒めているとは限らない。ツイッターでは「話が長い」(=時計を見ろ)といった意味でこの言葉が使われたのではないかと、話題になっている。

直接「もうそろそろ」とは言いづらい、失礼に当たる―― そういった理由で、このような遠回しな言い方になってしまったと思われるが、これでは分かりづらいと感じる人も少なくないだろう。

京都では実際にこのような言い回しがされるのだろうか。

Jタウンネットは2019年8月26日、「方言学」「誤解されやすい方言小辞典」などの著作で知られる東京女子大学・現代教養学部人文学科日本文学専攻の篠崎晃一教授(62)に話を聞いた。

「特に京都は、本音と建前が絡み合ってて...」
今回のケースで思い出されるのが、上方落語の「京の茶漬け」という演目。来客の帰宅を促す「ちょっとお茶漬けでも」という社交辞令を巡る小噺だ。

篠崎教授自身は、「良い時計してはりますなぁ」という言い回しは聞いたことがないとのこと。

しかし、過去に京都のある家に訪問した際、気が付けばお昼近くまで居てしまったところ「お昼でも用意しましょうか」と言われたことがあるという。言い回しは違うが、その状況から「京の茶漬け」を思い出したそうだ。

「もともと日本人の文化的な背景として、断定を避けることがあるわけですよね。『8時です』って言えばいいのに『8時になります』とか、『こちらでございます』を『こちらの方になります』とか。はっきり言わないことを謙譲の美徳というか、相手に対する配慮につながるという発想があるんでしょうね」

篠崎教授は、今回のケースも「時計に注目させることで、あえて(時間が経っていることを)ほのめかす」といった、本音ではない建前を言う一つの言い回しだと推測する。

「地域によってどういう言い方が定着するかっていうのはいろいろあると思うんですけど。特に京都は、本音と建前が絡み合っててコミュニケーションがよそ者にはとりにくいっていうのはステレオタイプ的なものがあるので、それが京都的だって捉えられるのかもしれないですね」

と話している。

では、もしそういった遠回しの言い方をされてしまったら?

「京の茶漬け」のようにお茶漬けを頂こうとするのではなく、相手の気持ちを汲み取って行動するのが、その後の関係のためにも良さそうだ。

Jタウンネット
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