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2019年07月24日16:55

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「1錠約1600円の薬が突然1錠9万円に値上げ」薬価のカラクリと投機――内田樹×堤未果

 下記は、2019.7.24 付の 文春オンライン に掲載された、内田 樹、堤 未果 両氏の対談記事です。

                      記

ハゲタカに食いものにされる日本の教育現場――内田樹×堤未果 から続く

 右肩上がりに膨れつづける医療費は、平成29年度に42.2兆円を記録した。国家予算のゆうに4割以上を医療費が占め、すでに国民の4人に1人が65歳以上の未曾有の超高齢化社会において、国民皆保険、医療制度の崩壊をいかにして防ぐことができるのか。知の巨人と気鋭のジャーナリストが喫緊の難問に挑む。

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医療の再建をどう行うか 

内田 人口減少社会においては、国家予算の相当部分を医療費が占めることになります。ですから、医療と保険のシステムをどう設計するのかということが緊急の政策課題になる。でも、これは非常に多くのファクターが絡むので、専門的なチームが必要です。先ほど申し上げたように、これは医療経済学の仕事です。医療と経済の両方のことがわかる専門家が必要になる。アメリカは医療経済学のプロフェッサーが500人ほどいるのに対して、日本はポストが5つしかないそうです。医学、経済学、数学、疫学、統計学を横断的に一望できる研究者の数が日本では圧倒的に不足している。でも、そういう人でないと、これからの医療政策や保険制度について提言できない。

堤 医療と経済の問題は、まさにこれからの日本にとってとても重要な知見だと思います。つい先日名古屋に行って、皆保険と医療の未来というテーマで講演し、国民皆保険制度と薬価について触れました。例えば今年5月に保険に収載された「キムリア」という白血病の薬(CD19 CAR-T製剤)はとても高額で、前後に必要な検査費用や入院費、抗がん剤なども入れると一回4000万円を超えてしまう。製薬メーカー側は患者数はピーク時で216人という数字を出していますが、名大名誉教授で小児科医の小島勢二氏によるとそれは現時点での話で、潜在的患者数は1万人、今後拡大して行く事を懸念されていました。もちろん薬を売るほうからすると、絶対にとりっぱぐれのない国保に入りたいでしょう。保険証があれば自己負担数十万円で投与できるので患者さんたちは喜びますから政府への反対も出ない。でも本当にそれで良いのでしょうか? 国民皆保険制度があれば高い薬を出し放題という今の仕組みをよく考えてみてください。今回のキムリアのように、保険に収載すればそれが前例となりますから、海外の製薬メーカーや投資家は続々と後に続こうとしてこの市場に入ってくるでしょう。

内田 国保で高額の医薬品をどんどん認可していくと患者は喜ぶし、製薬会社も喜びます。これを禁止すると、「金がある人間だけが高額の新薬で治療を受けられ、金がない人間は死ねということか」という批判が必ずある。それはたしかに正論なんです。でも、患者と、製薬会社と、「政治的に正しい人たち」の言い分をすべて聞いていたら、国保は持たない。

堤 ええ、講演でもまさにその話をしたんです。そもそも4000万円という薬価ですが、じつは名古屋大学が独自に開発して今臨床研究中のCAR-T製剤は費用が100万円程で済むという。

 これを聞いた時、つくづく考えさせられました。私たち日本人は特に疑問もなく、「薬は高いもの」だと思い込まされている、と。

高騰しつづける「投機対象」の薬

内田 製薬会社は薬価の積算根拠を示さないですよね。「企業秘密です」と言って。

堤 そう、企業秘密ですね。医療をテーマにした本の取材の時に驚いたのは、高額な医薬品の実際の原価を出した団体がヨーロッパで猛烈なバッシングを受けていた事です。薬の場合、開発費以外の費用もとてもかかりますから、例えば企業買収費用や特許料、設備投資などがどんどん価格転嫁されて高くなってゆく。広告費も莫大です。日本は皆保険があるから薬価を精査する公的インフラがありますが、アメリカは政府が薬価交渉権を持ってないから企業側の言い値になっていて、とにかく高い。例えば、HIVで免疫が低くなった患者さんに処方される薬の会社を買収した若い投資家がいたんですね。1錠約1600円の薬でそれだってけっこう高いんですが、買収後にその社長さん、いくら値上げしたと思います?

内田 10倍ぐらい?

堤 55倍。1錠9万円にしたんです。これはさすがに大騒ぎになって大炎上したんですが、合法は合法です。買収費用に弁護士費用、諸々かかっているんだというのが言い分でした。結局、あまりにも炎上したので渋々下げました。4万3000円に。それだって最初の値段の27倍です。投機の対象となって値段が釣り上がっていくケースは慢性疾患の薬でもよくある話ですね。

 薬は商品ですけど命に関わるものじゃないですか。さっきの話に戻すと、名古屋大学が開発した薬の方はどうでしょう? 大学の研究機関が開発したものはそれが優れていれば日本の知的財産、国民の資産です。だからこそ、国がきちんと予算を入れる価値がある。そもそもアメリカの薬の値段設定はいろんなオプションがあるし、かなり政治的です。

『沈みゆく大国アメリカ』 という本で紹介しましたが、80年代にレーガン政権と中曽根首相が交わした「MOSS協議」を皮切りに、日本はかなり不利な状態に置かれています。

 他国の3、4倍の値段で医薬品と医療機器を買わされている、何でこんなに高いんだと、各地の病院の院長たちがよくこぼしているでしょう?

内田 3、4倍も高く!?

堤 そうなんです、当時は日本がそうとうな貿易黒字だったこともあり、林業などいくつかの分野で、輸入するときの承認を事前にアメリカに相談する約束をしてしまった。そこから医療の規制緩和がどんどん進んでいきました。

 日本の国保は素晴らしい制度ですが、恵まれすぎていて患者さん自身が薬のことをあまり調べないですね。「ハゲタカ」がいっぱい飛んで来ているいま、国民は言われるがままに薬を飲むのではなく、いのちや身体については責任を持って、例えば出された薬についてはちゃんとお医者さんに聞く、自分で調べたり薬剤師さんに聞いてみるなど、自衛した方が良いでしょう。何を身体にいれているかに関心を持つことは、口から入れる食べ物への関心にも繋がります。

 いま消費者庁が食品の成分表示をどんどん緩めていて、去年は「遺伝子組み換えでない」という(遺伝子組み換えの方の表示はゆるいままです)成分表示の基準を厳しくしたので、今後は「遺伝子組み換えでない」という表示がされにくくなってゆきます。海外から入ってくる添加物の表示規制も年々緩くなっている。私たち日本人は、何を口に入れているか知る権利をじわじわと奪われているのです。中身に関心を持たず、価格や見た目やCMだけを基準に買って食べる、病気になる、お医者さんに行って出された薬をそのまま飲む。医療費の問題を机上で論じるだけではダメで、このループを私たち国民の側が変えることが、非常に重要だと思うんです。何故なら最終的に医療費を確実に下げてゆくのは、患者・消費者側の意識だからです。

性善説のシステムが一番コストもかからない

内田 医療に関して言えば、一番安く上がるのは予防なんですよね。対症的措置には時間もお金もかかる。だったら、ことが起きた後にどう対処するかよりも、ことが起きないためにどう予防するかに資源を投じる方がはるかに費用対効果がよい。

 トラブルの予防のために組織的にどうすればいいのかということについては、繰り返し言うように、現場でリスクの芽を摘むのが一番コストがかからない。堤防に穴が空いていたら、会議にかけて、伝票書いて、稟議書回してから穴を埋めに行くよりも、穴を見つけた人がその場で小石を詰めた方がいいに決まっている。前近代までの社会では、そうやってきたはずなんです。中枢的に統御せず、離散的なシステムにしておくこと、性善説で現場に権限を委譲すること。その方が管理コストが圧倒的に安い。ただし、それを回すためには、「性が善な人」を採用するしかないのですが(笑)。

堤 予防にリソースを使い、それを機能させるために性が善な人を雇うと?

内田 集団成員が基本的に「善人ばかり」だという前提で制度設計すると、システムの管理運営コストはほんとうに安く済むんです。逆に、人間は基本的に邪悪であり、放っておくと公共のものを私物化し、定められたジョブを果たさないので、監視と処罰が必要であると考えてシステムを設計すると、管理部門に膨大な資源を投じなければいけない。でも、管理部門というのは、いかなる価値も生み出さないセクターですから、管理部門が肥大化すれば、組織はどんどん鈍重で、非生産的で、暗鬱なものになる。

 僕は毎年、野沢温泉にスキーに行くんですけど、スキー場に貸しスキー屋さんがあって、夜の間は靴とスキー板をひと晩100円で預かってくれるんです。店のお兄ちゃんに100円渡すだけで、こちらの名前も聞かないし、別に引換券を渡すわけでもないし、ロッカーにしまうわけでもない。ただ、その辺に立てかけてあるだけ。これに外国から来た人は驚くわけですよね、「誰も盗まないの? 誰も自分のより高い板とすり替えたりしないの?」って。ヨーロッパだったら、持ち主が近くにいないとわかったら、どんなものでもあっという間に盗まれてしまいますからね。

 誰も盗まないし、誰も人のスキー板や靴とすり替えないということが前提なので、このひと晩100円で預かるシステムの維持にかかるコストはお兄ちゃんが100円集金する手間(「あ、どうも」と言って缶に入れる)だけで、支出はゼロなんです。鍵つきのロッカーを設置したり、管理人や監視カメラを置いたり、複製不能の引換券を発行する……というようなコストが一切かからない。

 性善説で設計された仕組みって、日本社会のところどころにまだ残っていますね。もちろん、すべてのシステムには適用できませんけれど、いくつかの条件をクリアーしたら、「こういう場合は性善説でシステムを回せる」という判定はできるはずなんです。生産性を上げようとほんとうに思っているなら、できるだけ「性善説ベースト」のシステムを増やした方がいい。

堤 日本に帰国した当時、ルールや線引きを曖昧にして、「悪いようにはしないだろう」と想定して後で揉めるという場面に遭遇して疑問を持ったことがあるんです。むしろルールや仕組みは性悪説で作り、人間には性善説で対応という方がお互い気分良くスッキリするんじゃないか? と。一方で、内田さんの性善説で回せる仕組みということで言えば、地方にある野菜の無人販売所を見てものすごく衝撃を受けました。子供の頃も見て知ってはいたけれど、アメリカ帰りでもう一度見たときに、うわぁすごいなあと嬉しくなったのを覚えています。

 ああいう信頼関係は、みんながお互いさまで助け合う小さな規模だからこそ成り立つんですね。いま人口減少も進み都市部集中になっていますが、小さなコミュニティで分散してその地域の中で循環していくような計画にシフトしてゆく方がいいと思います。長野の佐久市のように、医療も地域の中でボランティアの保健師さんがお互いさまで声掛けしあうやり方は、早期発見による予防機能だけでなく、孤独死の人も減らしている。千葉県いすみ市や東京都足立区がやったように小学校の給食を全部有機食材や地産地消にするような試みもこれから重要になってゆくでしょう。地域経済に貢献する上に、子供の素行もよくなって自然と医療費も下がります。お互いさまの精神で支え合う小さいコミュニティをたくさん作っていくことが、日本人がこの国の持つ宝を守りながら持続可能な発展をしてゆく一番の近道ではないでしょうか。

日本の豊かな「見えざる資産」

内田 スモールサイズの「顔の見える中間共同体」なら性善説ベーストで回せるんです。手作業、手作り、手売り、手渡しでやっているので、一見非効率的に見えますけれど、実はほとんどロスがない。そこで食糧を生産したり、医療や教育や介護などのサービスを相互支援的にやりとりする。そういう自律的なコミュニティがいくつかゆるやかに連携して、もう少し大きなコミュニティを形成する。そういうところに予算も権限も委譲してゆくことが、統治機構の効率化と生産性向上に最も効果的だと僕は思いますね。

 日本はまだまだ豊かな「見えざる資産(invisible assets)」があります。温和な自然環境、治安の良さ、景観の素晴らしさ、神社仏閣、温泉、スキー場、芸能などの観光資源も豊かです。いま、ハゲタカやグローバリストたちが群がってそういう日本の国民資源を換金化して、自分たちの個人資産に換えようとしている。まずそれを防がなければいけない。どれくらいのストックがあるのか、それをリストアップして、それをどう守るか、どう使い延ばすか、それを考えるべきだと思います。日本が持っている資源は、すべて精査したら、驚くほどあると思うんです。現金はないけれど、老舗の信用があるとか、お得意さんが多いとか、みたいな(笑)。

 それをどうやって長く使い延ばしていくか。それを50年、100年のタイムスパンで考える。そういうロングスパンで国のあり方を考える時には、イデオロギーと金儲けを絡めちゃいけない。国力国富というのは貨幣に換算して考えるものじゃないんです。

堤 その通りですね。『日本が売られる』と言う本はまさにそのために書きました。価値があるからこそ売られようとしている日本の宝物は私たちが考えている以上に沢山あります。それらを一つ一つしっかりみて、そこから立て直すと決めればいい。世界のさまざまな例を見ても地域レベルでできることから始めています。動き出す事で政治への意識も明るいものに変わってくる。いま全部がトップダウンだから、みんなできないと思ってるんですね。

「こんなところで小さくやったって社会は変わらないよ」って私のところにきて肩を落とされる方、沢山いますけど、そんなことはありません。逆ですよ。小さくやるから変われる。日本でもまだまだできることが山ほどあるし、一瞬一瞬の選択が未来を変えてゆくからこそ、私も書き続けられるんです。内田さん、今日は本当にありがとうございました。

内田樹(うちだ・たつる)

1950年東京生れ。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、凱風館館長。東京大学文学部仏文科卒業。東京都立大学大学院人文科学研究科博士課程中退。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『ためらいの倫理学』『レヴィナスと愛の現象学』『ローカリズム宣言』『人口減少社会の未来学』など著書編著多数。『私家版・ユダヤ文化論』で第6回小林秀雄賞、『日本辺境論』で第3回新書大賞受賞、2011年に第3回伊丹十三賞を受賞。近著に『街場の天皇論』『そのうちなんとかなるだろう』ほか。

堤未果(つつみ・みか)

国際ジャーナリスト。東京生まれ。NY州立大学卒業。NY市立大学大学院国際関係論修士号取得。国連、米国野村證券などを経て現職。米国を中心とした政治、経済、医療、教育、農政、エネルギー、公共政策など幅広い調査報道で活躍中。多数の著書は海外でも翻訳されている。『報道が教えてくれないアメリカ弱者革命』で日本ジャーナリスト会議黒田清賞受賞。『ルポ 貧困大国アメリカ』で日本エッセイスト・クラブ賞・中央公論新書大賞を共に受賞。近著に『日本が売られる』『支配の構造』(共著)等。

(内田 樹,堤 未果)

https://www.msn.com/ja-jp/news/opinion/%E3%80%8C1%E9%8C%A0%E7%B4%841600%E5%86%86%E3%81%AE%E8%96%AC%E3%81%8C%E7%AA%81%E7%84%B61%E9%8C%A09%E4%B8%87%E5%86%86%E3%81%AB%E5%80%A4%E4%B8%8A%E3%81%92%E3%80%8D%E8%96%AC%E4%BE%A1%E3%81%AE%E3%82%AB%E3%83%A9%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%81%A8%E6%8A%95%E6%A9%9F%E2%80%95%E2%80%95%E5%86%85%E7%94%B0%E6%A8%B9%C3%97%E5%A0%A4%E6%9C%AA%E6%9E%9C/ar-AAEMiKV?pfr=1#page=2
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