ブログが使えなくなった・・・なんて呑気なことで悩んでいたら、裕太から病気の告白をされてしまいました。少し前から体調がよくなかったようですが、父親の手術も近いし、曖昧なまま話すと、わたしを不安がらせると思ったようで、病名がはっきりするまで黙っていたそうです。
それにしても・・・藍那は橋本病でしたし、わたしは膠原病のキャリア(潜伏状態というか、発症していない状態)とでももうしましょうか、とにかくそれで要観察のまま定期的に通院してもう何十年・・・我が子二人が免疫系の病気になるなんて、わたしが災いしてるなと胸が痛いです。
ちなみに義母も甲状腺の持病をもっていましたし・・・どちらのルートからも、うちの子たちにとって、甲状腺は宿命的な弱点なのかな・・・ほんと申し訳ない。
それに・・・裕太が、わたしになかなか自分の病気のことを話さなかったのは・・・
以前、離れて暮らす裕太のことを、しきりに心配する私に、彼は「俺は絶対、事故にも合わないし、酷い病気にもならない。そのため慎重に行動してるし注意してる。もし俺が酷い病気になったりしたら、自分のことよりお母さんが可愛そうで見てられんと思うもん」と言ったことがあります。その時は、「そお?ほんまよ、頼むよ」なんて笑って聞きましたが・・・ゆうたがそういったことの重みは、痛いほど感じていました。彼は以前に、そんな見ていられないお母さんを見ているんですよね。
裕太が、藍那に対して「腹がたつ」と言ったことがあって・・・それが不思議でなりませんでした。だって、普通は「可哀想」ってことになりませんか。残念だろうなとか、悔しいだろうなとか・・・だから、お姉ちゃんが不憫だとか、可哀想だとかってことになるでしょ。もちろん、そういう思いはあったでしょうけど・・・その感情とは別に「腹がたった」・・・そういった裕太の真意は「親をこんなに悲しませて」ってことだったみたいです。決して藍那のせいではないと分かっているけど「お姉ちゃん、なんで親より先にいくねん。お父さんとお母さんが可哀想やろ」って、ものすごく強く思ったみたいです。
だから『俺は絶対に事故にも合わないし病気にもならない』、裕太の決意なんだと思います。
今回は、親を泣かせるような病気ではありませんが、心配はかけてしまうので「どう話せばいいか、すごく悩んだ」そうです。だろうと思ったので、できるだけ気楽な感じの口調で聞きました。ちゃんと薬飲んで、無理しないでねとは言いましたが、決して心配そうな声にならないよう、気を付けました。
とはいえ、実は数年前に、ちょっと感じるところがあって、裕太に注意するようにいっていた病気なので、裕太も「ビックリしたわ。お母さんが言ってたからなぁ〜」と、病名を聞いた時の驚きは比較的小さかったそうです。というか、むしろ「そんなんでヨカッタ」と思ったそうです。だから、お母さんも、そんな風に感じてくれるかなと思っていたそうです。
そうそう・・・もちろん心配だし、彼の今後の生活のことも気になりますが・・・決して乗り越えられないことじゃないです、うん。裕太なら大丈夫、うん。そう信じています。わたしが落ち込んだりしたら、それが裕太のストレスになりますからね、うん。
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