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2019年06月02日20:48

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BCJ 『マリアの賛歌』

【プログラム】

1 ブクステフーデ:第一旋法によるマニフィカト BuxWV 203
2 J.S.バッハ:前奏曲,トリオとフーガ ハ長調 BWV 545(およびBWV529/2)
3 J.S.バッハ:カンタータ第147番「心と口と生涯をもて」BWV147
4 J.S.バッハ:カンタータ第37番「信じて洗礼を受ける者は」BWV37
5 J.S.バッハ:マニフィカト ニ長調 BWV243

 松井 亜希(Sp)
 クリステン・ウィトマー(Sp)
 テリー・ウェイ(C-T)
 櫻田 亮(Tn)
 加耒 徹(Bs)
 鈴木 雅明(Org)
 ジャンプ=フランソワ・マドゥフ(Tp)
 バッハ・コレギウム・ジャパン(管弦楽&合唱)
 鈴木 優人(指揮)

 2019年5月29日(水)19:00開演,札幌コンサートホール


このプログラムは,6月2日(日)に東京オペラシティで行われる第133回定期演奏会「J.S.バッハ:教会カンタータシリーズ vol.76」と同じ曲目である。聖母マリアを讃える作品を中心に構成されたプログラム。演奏会の冒頭2曲はオルガン独奏曲,3曲目からはオーケストラの伴奏をともなう声楽曲という珍しい構成。

演奏会前半のオルガン曲とカンタータ第147番の演奏は退屈だった。オルガン曲は苦手なジャンルで,第147番は理想化され過ぎたイメージを持っていることが影響しているのだろう。カンタータ第147番の演奏に関しては,どこかチグハグになっていたような気がする。後半のカンタータ第37番とマニフィカトはBCJの本領が発揮された演奏で,バッハが教会用に書いた声楽作品の原点を力強くかつシンプルに示す結果となった。

最初に演奏された2曲のオルガン曲に関するコメントは控える。一応,予習はしたものの,当日の演奏を聴いてもさっぱり分からず,面白くなかった。原因はよくわからないが,聴き込みが足りなかったのかも知れない。

教会カンタータ第147番はバッハの教会音楽の中で初めて聴いた作品。何度も何度も繰り返し聴いた楽曲で,耳に胼胝が出来てしまった作品である。一方,聴く回数が増えるにつれて,音楽そのものが理想化されていった。そのような事情もあり,並大抵のことでは感動しなくなっていたのかも知れない。しかし,BCJの演奏も不満を抱かせる要因を持っていたのも間違いないだろう。2曲のオルガン作品の後で演奏された,独唱,合唱そして管弦楽による最初の演奏で,どこか歯車が合っていないような印象を受けた。もちろん明らかな瑕はないが,曲の出だしからほんのわずか歯車が狂っていたのではないだろうか。そして,最後まで修正できなかったように思う。演奏全体が終了しても違和感を拭えなかった。この演奏会に備えて,BCJによるこの曲のCDを2度ほど聴いたのだが,ステージでの演奏をはるかに上回る感銘を受けた。

カンタータ第37番は比較的規模の小さな声楽曲であるが,バッハの教会用の声楽作品のエッセンスを凝縮したような音楽だ。2曲の独唱,1曲の重唱,2曲の合唱,1曲のレチタティーヴォ,合計6曲で構成され,伴奏も弦楽合奏と通奏低音にヴァイオリン,ヴィオラ,オーボエ・ダ・モーレのソロが加わり,注意深く聴くと実に多彩である。バッハの教会用声楽作品の基礎となるイデオムが揃っている。作品がコンパクトである分,バッハの教会カンタータの基本を知るにはうってつけの作品だろう。このカンタータは昇天祭のための作品で,イエス・キリストは十字架に付けられ亡くなった聖金曜日に続く,日曜日に復活し,その40日後の木曜日に弟子達の前で昇天したことを記念する祝日である。劇的な内容ではないが,優れた教会カンタータのひとつである。このコンパクトにまとまったカンタータでは,BCJの持ち味が十分に発揮され,その演奏には間然とする所が無い。この曲の演奏をきっかけにBCJの本来の調子を取り戻したようだ。

第37番のカンタータと比べると,マニフィカトは曲の規模も大きく,何よりも華やかな雰囲気に満ちた作品だ。3本のトランペットとティンパニが加わるとともに,弦の響きにも祝祭的な開放感が増し,マリアがイエスを身籠ったことに対する賛美があふれている。一方,この作品ではマリアが懐妊した喜びという明の側面だけでなく,神の哀れみなど暗の部分も描かれ,そのことがマニフィカトに奥行きだけでなく,より大きなスケール感をあたえる。カンタータではドイツ語による人間の内面に焦点を当てたような歌詞が用いられているが,マニフィカトではラテン語訳聖書のテクストが使われ,より客観的で格調高い作品に仕上げられているような気がする。この作品ではトランペット3本とリコーダー2本が新たに加わり,音色面で多様性が増すだけでなく,作曲技法の面でもバッハの声楽作品における全ての技法をカバーしていて表現の幅が一気に広がったような感じもする。今回,BCJのステージを聴いてみて,大規模な声楽曲を凝縮したような曲であるとともに,格調の高さにも目を瞠る。この曲の演奏順が3曲めだったこともあり,内容的にも一層充実した演奏となった。

この日,鈴木雅明は最初2曲のオルガン作品を弾いた後,アンサンブルの通奏低音のオルガンを受け持つ。アンサンブルをコントロールするグリップ力では父に一日の長があることに加え,この二人の音楽的な資質には微妙な違いがある。BCJの行く末を占う上で,これら2人の演奏家の違いは大きいように思う。

尻上がりに調子が出てきて,演奏会後半はBCJも持てる力を出し切り,最後は荘厳な雰囲気のうちに演奏会を締め括った。もし,BCJが演奏活動を行なっていなければ,バッハの宗教音楽を聴く機会は比べものにならないくらい少なかったはずだ。
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