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2019年05月12日19:12

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「ニーベルングの指輪」の管弦楽によるハイライト(マゼール&BPO)

【収録曲】
ワーグナー:『ニーベルングの指輪』より
1「ラインの黄金」より
  かくてラインの「緑色のたそがれ」が始まる/ヴァルハラ城への神々の入城/
  地下の国ニーベルハイムのこびとたち/雷神ドンナーが岩山を登り、力強く槌を打つ
2「ワルキューレ」より
  われらは彼の愛の目印を見る/戦い/ヴォータンの怒り/ワルキューレの騎行/
  ヴォータンと愛する娘ブリュンヒルデとの別れ
3「ジークフリート」より
  ミーメの恐れ/魔法の剣を鍛えるジークフリート/森をさまようジークフリート/
  大蛇退治/大蛇の悲嘆
3「神々の黄昏」より
  ジークフリートとブリュンヒルデを包む愛の光/ジークフリートのラインへの旅/
  ハーゲンの呼びかけ/ジークフリートとラインの娘たち
  /ジークフリートの死と葬送行進曲/ブリュンヒルデの自己犠牲

ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団(管弦楽)
ロリン・マゼール(指揮)

録音:1987年12月1,3,4日,フィルハーモニー,ベルリン
TELARC CD-80154(セッション)


DER “RING” OHNE WORTEがこのCDのタイトルで,Orchestral Highlights from the Ring Cycleというサブタイトルも。Lieder Ohne Worteがメンデルスゾーンの無言歌なので,このCDはさしづめ「無言リング」とでも訳せばいいのだろうか。ドイツ語のタイトルは,メンデルスゾーンの無言歌を念頭に置きつつも,台詞をオーケストラに肩代わりさせたニーベルングの指輪という趣旨だろう。かつ,オーケストラによるハイライト版という要素も併せ持つ。

生まれはフランスだが,いかにもアメリカ人のマゼールが考えそうな企画だ。ドイツ語の歌詞を省いている点と上演に4日を要する「リング」を69分40秒の管弦楽曲に縮めてしまう発想は,長らくアメリカの聴衆を相手にしてきた器用な才人マゼールらしい。ドイツ語を解さないアメリカの聴衆の大部分にとって歌詞は不要なのだろう。そして,上演に膨大な日時を要する「リング」のエッセンスを手軽に楽しみたいというプラグマティズムはアメリカ人の趣味にピッタリなのだろう。

それは想像の為せる技というより,このCDを聴いた結果である。アメリカ人指揮者マゼールの鮮やかなテクニックとベルリン・フィルの壮麗なサウンドとが相俟って,このような感慨を抱かせる。とりわけ,華麗なサウンドの作品として「リング」を解釈する意思が演奏に表れている。まるで,フィラデルフィア管弦楽団が,バイロイト祝祭劇場のピットに入ったようだ。あるいは,シカゴ交響楽団がコンサート・ホールのステージで快刀乱麻を断つがごとき明快かつシンフォニックな演奏をしてみせたような演奏でもある。人間の業や欲望が渦巻く闇の世界にまつわるドス黒い要素はすっぽりと抜け落ちている。良い意味でも悪い意味でも,アメリカのリング観が如実に表れている演奏である。

このようなリングになった最大の理由はマゼールの指揮に帰せられる。生涯で初めて観たオペラ,マゼールが指揮するミラノ・スカラ座の来日公演「トゥーランドット」の壮麗な上演は,これ以上ないほど分かり易い明快なオペラだった。素人をオペラの世界に引き込むにはうってつけな上演で,その結果オペラ依存症患者になってしまった音楽好きが少なくとも一人はいる。マゼールの驚くべき手腕は,オペラ作品に混入している不純物を綺麗さっぱりと除去してしまい,聴衆をその作品世界へ拉致し去ってしまう凄腕だ。と同時に,マゼールの難点は作品の夾雑物をあまりにも徹底して取り除きすぎるところであり,深みというか奥行きに欠ける嫌いがある。入門には最適であっても,作品をより深く味わいたいと願う向きには徐々に物足りなくなってくる。それがこのCDにも当てはまるところは,やや残念である。

このリングのハイライト版での時間配分(「ラインの黄金」15分,「ワルキューレ」13分,「ジークフリート」6分,「神々の黄昏」37分)では,神々の黄昏に全演奏時間の半分以上を割いており,重厚な悲劇に焦点を当てようとした意図がうかがえる。それにもかかわらず,明快で華麗な響きのリングになった背景には,アメリカ文化のもとで成長した演奏家の音楽観が決定的な影響を及ぼしているように思えてならない。微妙な陰影のニュアンスが綺麗さっぱりと洗い流されている。ヨーロッパのような暗闇を背景にした文化ではなく,カリフォルニアの煌びやかな光の世界で育まれた音楽である。不正確な喩えになるが,和音の微妙な変化が織り成す音楽であるはずのワーグナーが,一本の旋律に還元されてしまったかのように感じられる演奏である。明快さが際立つ反面,味わい深さは後退する。

この録音がリリースされたとき,かなりの評判となったことは鮮明に覚えている。先日,ふとしたキッカケでこのCDが入手可能なことを知り,手に入れて聴いてはみたものの100%納得できる訳ではない。ワーグナーの音楽に対する要求水準が高過ぎることは自覚しているつもりだが,耳が肥えれば肥えるほど,ハードルが上がって行くのは,ある意味自然の成り行きである。それが音楽を聴き続ける原動力になっているのも事実だ。
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