よく使う!でも、実はおかしい!? NGな言葉遣い
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=77&from=diary&id=5490792
もうね、アタシにはこれに関して思うことがいっぱい。特に、「食べる」の丁寧語としての「いただく」。違うだろ!としか思えないし、「サイゼリアに伺ってドリアをいただきました」なんて聞いたり目にしたりすると、「喧嘩売ってんの?」とまで思う。
ってのもさ、「頂く」ってのは謙譲語なのであって、聞き手にとって知らない人を話者が謙譲語を使って話すと、第三者を上げて、話者のみならず、聞き手も下げてる、ってことなのよね。(
https://bizkeigo.koakishiki.com/QandA/question-10.html)
謙譲語は話者、聞き手、第3者も含まってTPOが難しい。でも、そんなことおかまいなしで最近は「食べる」の丁寧語でいただきました、って使う人が殆ど。ブログで「食べました」なんて書いてる人、みたことない。み〜んな「いただきました」

この間なんて、フェイスブックの海外在住日本人料理編のサイトで「うまくできなかったけど、子供に合格点をいただきました」なんて書いてる人もいて。

昨日なんて、カータンのブログをみて、ダネイホンでググったら、こんなページで(
https://dorama-netabare.com/archives/47111)、安藤百福さんの奥さんの仁子さんも「いただいたそうです」なんて赤字で強調して書いてあって。バカににてんのか?って思う。
これってさ、日本の謙譲語の使い方のわからない人が、どうやって使っていいかわからなくって、「とりあえず使っとくか」で始まって。それがレイジーな人間が「どうやって丁寧にいうか」がわからないので、他人を真似てドンドンみんながこの間違った言葉遣いに収束していったと思うのよ。で、その原因は、高度成長と東京への集中。つまり、田舎で親は大学行ってない世代で、子供は東京へ出て大学へ入って東京で就職。で、団地や社宅なんかに住んでしまったものなら、どうやって東京の人間らしく喋っていくかが不安。親は「おら、今屁こいたで」って言ってるので、マジ、「東京の中流家族とみられるように振る舞うのか?」がわからなくって不安。そういうところに、ちょっと丁寧そうな言葉をみて、「そうやって言うのか」と周りを真似して、謙譲語を丁寧語と勘違いして話していく。
アタシが大学行ってる40年前でも、東京では「花に水をあげる」って言うのでさ、日本語教授法の先生が文句言ってたわよ。でも東京出身の子は「でも〜」って感じで。アタシの感覚では、犬には餌、花に水をやる(みずやり、という名詞はあるけど、みずあげ、という名詞は別の意味だしね)、仏様にお供えを上げる、と上下関係がはっきりしてたのよね。なのに、今の日本では「やる」なんて言葉は殆ど使われず、誰に対しても「あげる」。すべて自分を下げて、ついでに聞き手も下げて、見ず知らずの人を持ちあげないといけない風になってる。

例として言えば、留守中家のことを見てくれる人に頼むとき、「犬には朝と夜餌をあげて下さい」って言ったら、昔だったら、留守番してくれてる人を犬より下に見てる、って思われたけど、今だとだれも変に感じないでしょ?で、謙譲語の丁寧語化はそこにとどまらず、ドンドン「下げる」方に収束していくと思うのよ。
「頂きます正しい用法委員会」でも作ろうかと思ってたけど、余りにも間違った人が多いので諦めた。

日本で英語勉強したことのある人なら誰でもわかる自動詞 lieと他動詞 layの違い。最近のアメリカでは、若い子は、I lay down、犬に、Lay down!とか言ってるように、自動詞の lieという単語が使われなくなってしまったのと同じ。で、間違ってるよ、って言うようなものなら、「お前、ネイティブでもないくせに何言ってんの?」って感じだしさ。こういうのが諦めるのが一番。
ログインしてコメントを確認・投稿する