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2019年01月12日15:20

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プラハ交響楽団 演奏会

(プログラム)
ブラームス: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 Op.77
ドヴォルザーク: 交響曲第9番 ホ短調 Op.95「新世界より」

(アンコール)
J.S.バッハ: 2つのヴァイオリンのための協奏曲BWV1034より”第2楽章”
ドヴォルザーク: スラブ舞曲第10番
ドヴォルザーク: スラブ舞曲第8番

樫本 大進(ヴァイオリン)
プラハ交響楽団(管弦楽)
ピエタリ・インキネン(指揮)

2019年1月10日(火),19:00〜,札幌文化芸術劇場


今年最初のコンサートは期待を大きく裏切る結果に終わった。多少危惧はしていたものの,ここまで見事に懸念が的中するとは予想外だった。日本フィルハーモニー交響楽団の首席指揮者を務めている関係上,インキネンの評判を目にすることは少なくない。どちらかというと好意的な評価が大勢を占めるとの印象だったが,実際のステージを聴いて拍子抜けした。樫本大進にはあまり期待しておらず,プラハ交響楽団にもそれほど大きな期待を寄せてはいなかったので,その分落胆も少ない。そして,演奏会の選曲も安直だ。

ブラームスのヴァイオリン協奏曲では,弦楽セクションのプルトを大胆に減らした編成。各弦楽セクションは,通常の2管編成の3分の2くらいまで縮小していたような印象だ。独奏ヴァイオリンに対する配慮なのだろう。たしかに,ヴァイオリン・ソロとオーケストラとのバランスはソリストに有利なのだが,オーケストラ・パートのブラームスらしい重厚な響きが伝わって来ず,別の作曲家による別の作品を聴いているかのような錯覚を起こす始末。オーケストラ,とりわけ弦楽セクションのサウンドが薄っぺらで,濃厚な美しさに欠ける。オーケストラ・サウンド全体としても,どこか薄汚れていて,がさつにきこえる。指揮者も作品の彫琢はそこそこに,音量の面でソリストを引き立てることに終始した感がなくもない。

ヴァイオリン・ソロの樫本大進は,いつものことながらヴァイオリンの音が濁っていて汚れたように響く音で演奏していた。力が入り過ぎのような印象である。なので演奏自体が一本調子になってしまう。この作品の,ブラームスの音楽の豊かなニュアンスを表現するというより,このヴァイオリン協奏曲での独奏の存在感を音量だけで際立たせることに全力を集中した演奏になってしまった。たしかに,弦楽セクションのプルトを大胆に減らした効果と相まって,音量面ではソロが目立っていたものの,音楽的に良好な印象を与える演奏とは言い難い。この日に限らず,樫本大進の演奏はこうした傾向が強いのはいつものことだ。とはいえ,アンコールのバッハの音は良かった。肩の力が抜けて,この上ない美しい音で自在に弾いていた。BPOでの経験の賜物だろうか。

ドヴォルザークの「新世界より」では,弦楽奏者の数も増え一部の金管楽器や打楽器も加わり,オーケストラ全体が落ち着きを取り戻したように感じる。とはいえ,インキネンの指揮自体は作品を表面的に整えるような傾向が著しく,このアプローチでは「新世界より」の深部から滲み出てくる作品の美しさを引き出すことは容易ではなさそうだ。第2楽章のラルゴも深い感銘を与える類の演奏とは言い難いし,第4楽章のアレグロ・コン・フォーコもテンポをわずかに速くして音量を大きくしたものの,本来の意味での迫力には乏しい。プラハ交響楽団もドヴォルザークの「新世界より」に関しては,一家言ありそうなものだが,とりあえず無難にこなしましたといった演奏である。旅の疲れや時差が,演奏の水準に影響していたのかもしれないが,凡庸な「新世界より」だったという印象は拭い去れない。

樫本大進とピエタリ・インキネンは,かつてザハール・ブロン門下でヴァイオリンの研鑽を積んだという縁があるらしい。二人は10代の頃からの知り合いで,お互いをよく知る友達同士でもあるとのこと。ならば,ヴァイオリン・コンチェルトでのソリストへの「特別」な配慮の背景も見えてくる。だが,今回はそれがやや裏目に出たのではなかろうか。もちろん,様々な要素が絡まりあった結果ではあるが。

この演奏会には「ニューイヤー名曲コンサート」というタイトルが付いている。もし,これが普通の日本ツアーで,インキネンとプラハ交響楽団の持ち味を引き出すプログラムだったら,もっと別の印象を持ったとも考えられる。
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