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2018年11月26日22:59

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11月26日

 ディズニーランドの閉園時間が迫っているときに、急に娘が「スプラッシュマウンテンにのりたい」と言い出した。
 日中、散々これに乗ってみてはどうかと勧めたのだが、「長く待つのが苦痛だ」などと言って見向きもしなかった。にもかかわらず、この期に及んで態度を一変させる間の悪さはやっぱり5歳の子供なのだけど、これをやすやすと了承するほどぼくたちも寛容な親ではない。日常ならばすでに寝支度を整えているこの時刻、パーク内にいること自体がぎりぎりの譲歩であり、これ以上の長居は体調面などを考えれば認めるわけにはいかなかった。なので、「のりたいのりたい」と駄々をこねる娘には一切取り合わず、「はいはいまた今度ね」といなし、ゲートへ向かう足を止めはしなかった。
 しかしながらこの時の娘は気が狂ったようだった。その場に倒れ込み、メリーゴーランドの柵につかまると、目をひん剥いて「のりたいのりたい」と絶叫した。ぼくが腕をひっぱろうとも、決して柵を離さず、断固として動こうとしない。怪鳥みたいな声をあげる娘の姿は衆目を引き、ぼくとしても何だかばつが悪く、はなはだ困惑した。
 乗りたいとは言っても、そもそも娘はスプラッシュマウンテンに乗った経験がなく、どういったアトラクションであるかさえも掴めていないはずだった。さしずめ公園のすべり台程度のものを想像しているのか知らないが、とにかく彼女の中ではスプラッシュマウンテンという言葉だけがムクムクと成長を遂げ、制御できないほど強大になってしまっていた。もちろんこれはただの思い込みによるわがままに過ぎず、それを思うと腹立たしい気分にもなったが、これが成就するまでは娘が泣き叫ぶだろうというのも容易に予想がつく。そこへ妻から「こうしていても前に進まないし急いで乗ってきちゃえば」と一言あり、ぼくは仕方がなく娘の手を引いてそこへ向かうことになった。
 
 閉園が近いというのに、いまだに乗り場には人がうねるようにして並んでいた。これを目の前にすると、思わず足が止まってしまった。しかしそうすれば、隣の娘がいつでも叫ぶ準備があることを息遣いの内に忍ばせてくる。ぼくが困惑していると、近くにいたキャストのお姉さんが駆け付けてきて、「どうしかしましたか?」と笑顔で言った。お姉さんは娘に世界観あふれる対応をしつつ、こちらの事情を聞き入れると、「それならばシングルライダーがおすすめです」と教えてくれた。それは、アトラクションに乗り込む人数の関係でぽっかりと一席が空いてしまったりする場合に、そこへ別ルートからスッと一名を案内することができる、というものらしい。本来の列には並ばずに単独で横入りする形になるため迅速な案内とはなるが、それはぼくと娘が別別の船に乗らなければならない、ということでもあった。ぼくは娘にそれでいいかと確認すると、彼女は一も二もなく合意した。とにもかくにもスプラッシュマウンテンに乗れることが嬉しくてたまらないらしい。ただ、一人であの急降下の恐怖に耐える自信があるわけではなく、娘はスプラッシュマウンテンのことをよく知らないだけなのだ。ぼくはこれまで娘を引き留めるため「めちゃくちゃ怖いから止めときなさい」と何度も言ったが、娘はこれを都合のいい大人の嘘だと捉えたらしかった。
 ぼくたちは長い列を横目にするすると前へ進み、わずか10分たらずで出発口の付近にまで来てしまった。なんだか裏技を知ったかのようでぼくまでも興奮してしまい、「じゃあ出口で待ってるからね」とだけ残し、とくに娘に気を使うこともなく先に出発した。
 
 出口のたまりにはモニター画面がある。そこには乗り物が急降下する瞬間をカメラで撮影したものが表示される。みんな、奮起の冷めやらないままそこに映る自分の顔や家族の表情を指さして笑ったり、写真を購入したりしていた。そこでぼくが娘のことを待っていると、パッと画面が切り替わり、娘が乗ったらしい船の写真が表示されるにいたった。そこには、これまで見たこともないほど顎をしゃくれさせている娘の姿があった。もしかすると、顔面の先端を空へ向けて重力に逆らいたいという意向があったのかもしれない。あるいは、崖の上に戻りたいがゆえに顎で必死にあらがった結果なのかもしれない。どちらにせよ悲壮にみちた顔だった。向こうから娘がやって来たらなにも言わずに抱きしめようと思った。


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