mixiユーザー(id:5277525)

2018年11月21日00:23

101 view

11月20日

  二十歳くらいの頃、たかちんという知人が近くにいた。これが無精でだらしがなく、へらへらした男で、いわゆるポンコツとして侮られていた。たかちんは都内に住む祖母をあてに徳島から出て来て、2階の四畳を間借りすると、とたんに遊び呆けて夜遅くまで戻らなくなった。週に4度、串カツを揚げるバイトをして金を得たが、祖母に約束の家賃を渡すこともない。田んぼの連続から行き着いた都会の景色はまばゆく、魅惑的に見えた。もともと流されやすい性質のたかちんが完全に標準語に切り替えるまで、そう時間はかからなかった。
 学校の方にはほとんど顔を出さなかった。誰かに代わりにレポートを作成させたり、テスト前に真面目な人に泣き付いたり、と堕落した学生の典型をなぞり、周囲ははなはだ迷惑をこうむった。
 でも、ときおり学内に出没しては「いつもお世話になっていますねえ」などと畏まって言い、みんなに学食を振る舞ったり、飲み代をすすんで多く支払ったりするものだから、なんとなく「たかちんはクズだけど割に良いやつ」といった枠におさまって、ぼくたちも見限ることはしなかった。
 もちろん、その調子のよさが鼻につく人も少なからずいた。一度、たかちんが隣の女性にボールペンを貸してくれませんかと頼んだところ、断られるといった目に遭うのを見たことがある。それから女性はあからさまに席を一つ離すなどして、さながら害虫へ向けたような態度をとったものだから、たかちんは顔を真っ赤にして苦笑するほかなかった。
 見た目こそキャップを斜めにかぶり気取っていたが、実際は気が弱く、緊張すると腹話術みたいに口を閉じてもごもごとしゃべる。にもかかわらず、なぜかバスの添乗員の仕事をどこかから見つけてきて、おれはツアーコンダクターみたいなことをしたいんだよね、と唐突に言いはじめるた。みんな、こぞってたかちんに考え直すよう説得を試みたが、「おれって旅行が好きなんだよ」、とほとんどの人間が普通に思うようなことを志望動機にかかげて門をたたき、その後、よほど人員に困っていた会社だったのか、実際に例の小さな旗をふりはじめることになった。
 が、案の定はじめて添乗したバスでは、緊張のあまり口を閉じながらマイクで支離滅裂なことを言って雰囲気を陰鬱にし、そのうえ、何の予告もなしにゲロを盛大に噴射して客に背中をさすらせる、という目も当てられない事態を巻き起こすにいたり、ツアー後に回収したアンケート用紙ではほとんどの人が小さな文字でびっちりとたかちんのことをこき下ろしてあり、その反響たるや恐ろしいものがあった。
 ほどなくして添乗員の道をあきらめたたかちんは次に、おれブライダルプランナーになりたいよ、と訳のわからないことを言い出した。みんなはやっぱりこれを止めたが、「でも結婚式っていいもんなんだ」とごく当然のことを言い張って耳を貸さず、すぐさまリクルートスーツに身をつつみブライダル会社へと向かっていった。
 でもここで奇跡がおこる。入社試験場へむかうバスの中、たかちんは座席に腰をかけていたところ、途中から乗り合わせた老人にそこを譲った。老人はたかちんによく感謝をしたが、よくよく話をしてみると、その人がこれから試験をうける会社の社長だったことが判明した。さながらフィクションのような展開に二人は驚き隠せず、興奮し、「なんて縁だ、すばらしい、ぜひとも面接会場で会おうじゃないか!」と固い握手をかわした。
 この大都会でその一本くじを引き当てるたかちんの強運には舌を巻くばかりだ。そういえば以前から麻雀が滅法つよく、ほとんど負けなしで周囲を嫌がらせていた覚えがある。ただ、その見事に当選したくじを手に持ちながら、筆記試験であっさりと切り捨てられる、というオチをつけるのもやっぱりたかちんだった。たかちんは不採用の通知にとにかく唖然としていた。
 いつもどこか抜けていて、何かを置き忘れている。はたから見ている分には愉快な光景だれど、当の本人は必死にもがいている。それがたぶんたかちんの純然な魅力で、みんなに可愛がられていた所以なのだとも思う。
 その後、ぼくたちも自分の生活で忙しくなり、だんだんと疎遠になっていった。たかちんがどういった道を歩んでいったのか、詳しいところはわからない。徳島に帰ったという話もあれば、静岡でバーテンをしてるという話もあった。全国を旅して風俗を回っているという噂も聞いたことがある。どれが事実かわからないし、あるいはすべて事実なのかもしれない。そうして15年の月日が経過した。が、先日とつぜんぼくの携帯にたかちんから着信があって驚いた。その時は忙しくて、どうしても出られなかった。夜にかけ直してみたが、すぐに留守電につながった。それから1週間、何の音沙汰もない。やけに奇妙だった。一体たかちんに何が起きているのだろう。胸に懐かしい感覚がよみがえってくる。なんだかわからないけど、わくわくして電話を待っている自分がいる。
 


3 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する