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2018年11月19日11:37

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11月18日

 掲示板にポスターがあった。何を告知しているものかは忘れた。ただ、ちょっと目を引くイラストがあり、ぼくたちは立ち止まってこれを眺めた。それはタマゴの殻が割れ、中から小鳥が誕生したといったイラストで、ゆるいタッチのものだった。でも、何故か口ばしが上下に開きすぎ、目も丸く開き切っている。いかにも誕生!といった感じで陽気に羽根が広がり、つまりはバカ丸出しの鳥に見えた。みんな、社員食堂からの帰りにそれを指さして「かわいくないわ」、「総務課のおっさんに似ている」などと言い合って笑った。ぼくは後ろで静かにそれを聞いていたのだけど、ふいに門田さんという女子社員に「ねえ、君はこの鳥がどんな発言をしていると想像する?」と話を振られた。そこにいた全員がこちらを振り向き、ぼくの反応をうかがった。なぜ門田さんがぼくを指名したのかはわからない。もしかすると寡黙な人間を辱しめて快感を得るような癖があるのかもしれない。とにかくぼくは、イラストの小鳥がいかにも発言しそうなセリフを考え、発表しなければならなくなった。つまり窮地に追い込まれたわけだ。でも絶望している暇もない。沈黙が長引いた分だけ同僚たちの視線はシビアになっていく。お題の響きが遠のくほど脈絡は失われ、回答は何とも結びつかないうわ言同然のものとなり果てる。とにかく急がなければならなかった。ぼくは現実からするすると抜け出して、脳内の白板の前にペンを持って立つ。そこに思い付く限りの「鳥」の情報を一気に羅列、書き殴る。その中から実を結ばないと断定できる選択肢をササっと消し去り、候補をしぼり込む。脳内の識者たちを集合させ、決戦投票を行う。ここまでで3秒ほど。思いのほか好調だった。ぼくはある種の万能感に浸りながら、この問いにおける正解を導き出すことに成功した。
 「この小鳥は、きっと門田さんのことを母親だと思い込んでいるんですよ!」
 生まれたての小鳥の「刷り込み」という習性。これと、ポスターと向き合う我々の位置関係をうまく取り込んだ包括的な回答だった。手応えは十分にある。一定水準を軽々と越えたという自負もある。 どうだ!と鼻息を荒げて門田さんを見やった。が、「いやいや、セリフを聞いてんだし」と真顔であっさりと切り裂かれた。続けて「それってただの説明じゃん」と、ゴミを扱う目で言われ、ぼくは呆然とした。予想した反応とまったく違う。ぼくは逃げようにするすると現実を抜け出して、脳内で結果を待っていた識者たちにこの状況を知らせた。みんな、ぼくと同じように驚いたり憤ったりしていた。でもだれも門田さんの指摘について反駁できる人はおらず、微妙な空気がただよった。たしかに、みんな思うところはあった。すぱんと答えが出た気持ちよさにかまけて、問いに対してきちんと答えることを忘れてしまっていた。いや、本当のところをいえば、セリフで答えることはわかっていたけれど、この回答をどすんと落とし込めばそんなカギカッコくらい簡単に粉砕できるだろう、などという甘い考えがどこかにあった。みんな次第に無口になっていった。「まるで役人みたいに固い女だな」と誰かが言ったけれど、あとに続く者はいなかった。門田さんは圧倒的に正しいことを述べたのだ。これは完全なぼくのミスだった。
 現実に戻ると、門田さんたちは廊下を先に進んでいた。ぼくはポスターの前にひとり立ちつくしている。失笑の余韻が残る中、ウケると思っていた時に出した歯茎をまだ晒していたことに気が付いた。バカ丸出しの鳥がバカ丸出しのぼくを見ていた。もしかするとぼくのことを親だと思っているかもしれない。情けない親だった。開き切った口ばしが、まるでぼくの失言に慌てているみたいだった。親の失言に鳴き声を覆いかぶせようと必死になっている、という意味で、『「ピー音のピー」と鳴いている』、という答えはどうだろうと思った。

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