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2018年11月18日16:41

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アシュケナージ&アイスランド交響楽団

【演奏曲目】
 セグルビヨルンソン: 氷河のノクターン
 ラフマニノフ: ピアノ協奏曲 第2番 ハ短調 Op.18
 ラフマニノフ: 交響曲 第2番 ホ短調 Op.27

(アンコール)
 ベートーヴェン: ピアノ・ソナタ第14番「月光」第1楽章
 ラフマニノフ: ヴォカリーズ

 ウラジーミル・アシュケナージ(指揮)
 アイスランド交響楽団(管弦楽)
 辻井 伸行(ピアノ独奏)

2018年11月6日(火),19:00,札幌文化芸術劇場


アシュケナージが指揮をするオーケストラの演奏会を久しぶりに聴いた。このコンサートはアシュケナージの独壇場となった感がある。ラフマニノフの作品が持つロシア風の濃厚なロマンチシズムの表出において,抜きん出た手腕が光っていた。

当然のことながら,このような特色が顕著だったのはラフマニノフの交響曲第2番。「氷河のノクターン」は北欧風の冷涼な空気が支配的であり,ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番ではソリストを立てる脇役に徹していた。

休憩後にラフマニノフの交響曲第2番の演奏が開始された直後は,前の2曲に影響されたためか,ありきたりのつまらないラフマニノフにきこえる。不完全燃焼を起こしているオーケストラのエンジンを全開にしたのはアシュケナージ。まずはオーケストラから本気を引き出し,次にロマンチシズムの濃度を上げ,最後にロシアの濃厚な風味を加える。最後の段階に達したのは,長い第1楽章が3分の2くらい経過してから。最終的には,これがアイスランドのオーケストラのサウンドかと思わせるほど,スラブ的な香りが濃厚に立ち込める響きになる。

アイスランド交響楽団は,1970年代からアシュケナージと共演を重ね,長い年月にわたって薫陶を受けた。その結果が如実に出た演奏である。とはいえ,イギリスやスカンジナビアの国々から多くの影響を受けたオーケストラであることは隠しようがない。そのような点を物ともせず,あるいは,そうした下地にもかかわらず,アシュケナージが要求するラフマニノフを正々堂々と弾いてのけるところにある種の感動さえ覚える。率直に言って,目を見張るほど巧いオーケストラだとは思わない。でも,指揮者の要求に全身全霊で応えようとする点では,一流の域に達しているような気もする。おそらく感動の源はこのあたりにありそうだ。

いうまでもなく,世紀末に開花したロシアのロマンチシズムは,アシュケナージにとって空気のような存在であるばかりか,彼の音楽家としてのアイデンティティーの核心を形成する要素である。かつてアシュケナージがピアニストとして録音したラフマニノフのピアノ協奏曲全集は,現在でも決定盤として通用するほどのクォリティーを誇る。また,長年にわたる指揮者としての活動の中でも,この時期のロシア音楽はレパートリーの中心を占めている。こうした経験から,アシュケナージは肌身で感じた体験も含め,ラフマニノフの音楽に対する明快なイメージを持っていて,それをオーケストラに伝えるテクニックも磨きをかけてきた。こうしたことが,最良なかたちで凝縮していたのがラフマニノフの交響曲第2番だった。磨き抜かれた響きで濃厚極まりないラフマニノフのロマンチシズムが表現され,そこにやや土の匂いのするロシア風のテイストが加わる。ロシア音楽らしい繊細さや豪放なダイナミズムにもこと欠かない。最後はラフマニノフの音楽に酔ってしまうほど。

ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番は,図らずも辻井伸行の限界を露呈する演奏だった。演奏の際,(もちろん全身を使っているのだろうが)彼は上半身だけでピアノを弾くような癖があるように見える。この日は腕だけで演奏しているように見えなくもなかった。その結果,ピアノ・ソロはスケールの点でオーケストラと対等とは言い難いものだった。オケは音量を抑えているにもかかわらず,ラフマニノフのピアノ協奏曲で求められるピアノ・ソロの音量に及ばない。おそらく,打鍵の深さが足りないのだろう。辻井伸行のリサイタルではさほど気にならないヴォリュームだが,ピアノ・コンチェルト,とりわけラフマニノフの作品では致命傷になりかねない。もちろん,辻井に限らず多くのピアニストが同じ問題を抱えているので,彼は健闘していたと評価することも可能だ。ただし,最高の演奏を届けるという観点からは,この作品を選んだことに疑問を禁じ得ない。こうした弱点を可能な限りカバーしようと努めたいた指揮者とオーケストラからは,ピアニストに対する愛情のようなものを感じた。

初めて聴く「氷河のノクターン」は演奏時間が5分ほどの小品。だが,興味そそられる現代作品でもある。オーケストラも,管楽器はピッコロとクラリネット3本にホルン,それにプルトを減らした弦楽器群というコンパクトな編成。ただし,小さなオーケストラで表現されるのは,巨大な氷河が大地を覆う北極圏の光景。靄が立ち込める冷涼な空気さえも伝わってくる。作曲者のセグルビヨルソンはレイキャビク生まれ。アシュケナージのアイスランドに対する思い入れが窺われる選曲と演奏である。

プログラムの選曲,コンチェルトでのソリストのサポート,そしてメインとなる曲目の演奏などほぼ全ての面で,アシュケナージのずば抜けた音楽性に支えられた演奏会だった。小柄な身体のどこに,あの大きな才能が宿っているのかと考え込むほど,圧倒的な才能を感じる。

ところで,この演奏会の会場となったのは,10月にオープンしたばかりの札幌文化芸術劇場。旧厚生年金会館の後継となる多目的ホールだが,4面舞台を備え本格的なオペラの公演にも対応できるとの触れ込みである。内装には木質の資材がふんだんに使われ,東京の新国立劇場を思わせる重厚感が漂うインテリアだ。オーケストラなどの演奏会場として使う場合は,ステージを仕切る反響板を用いる。音響はややライブ気味だが,オケがピットに入るオペラ上演のことを考慮すると,これくらいの響きは止むを得ないのかもしれない。

最大の問題は,オペラを上演できる立派な劇場ができても,オペラやバレエの公演回数が少ないことではなかろうか。10月の杮落としは,国内の劇場と共同で制作された「アイーダ」だったが,その後は年内にバレエが1公演,来年3月に「椿姫」,9月に「トゥーランドット」が予定されているくらいで,あとはミュージカルや多目的ホールで行われることが多い催し物ばかり。やはりオペラを観るなら,首都圏まで足を運ばなくてはならないという事情に変わりはなさそう。ちなみに,杮落としの「アイーダ」はチケットが入手できずに涙を飲むことに。

蛇足だが,札幌文化芸術劇場の愛称は,公募の中から選ばれた”hitaru”に決まる。音楽に「浸る」施設にちなんだ命名だそうだ。率直に言って,あまりにも安直で芸のかけらもないネーミングには落胆した。この愛称に「異を唱える」方はほかにもおられて,某交響楽団のライブラリアン氏が”urukasu”というニックネームを提唱されている。氏の提案に賛同する地元の音楽愛好家も枚挙に遑がないほど。「うるかす」というのは東北・地方の方言で「浸す」という意味。さらに,”hitaru”は”kitara”に見た目も響きも似ていて,紛らわしいという点も”urukasu”を推す有力な理由として氏は挙げておられる。事実,Googleで”hitaru”を検索すると,「kitaraでは」というメッセージの表示される時期が長く続いた。それに加え,個人的には,大阪の「あべのハルカス」に対抗して「北のurukasu」として全世界に向けて発信するにも好都合な名称だと思うのだが(「キタのウルカス」と誤解されて逆効果になるリスクも伴う)。

いずれにせよ,過ちを改むるに遅きはなし。一刻も早い札幌市長の英断を心待ちにしている次第である。
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