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2018年11月16日01:48

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11月15日

 インフルエンザの予防接種をうける列に並んだ。みんな黙り込んで前の人の後頭部を見ていたので、ぼくもそれにならった。ぼくの前はかなり太った男だった。首のうしろの肉が段段になってしまっている。ちょうど刈り上げたあたりから肉が盛りあがり、そこに糸で縛ったみたいな食い込みがある。それは谷間というには肉が密着しすぎているし、皺というには分断に容赦がない。ちょうどマッキーで一本引いたような太さの線がぼくの前に浮いていた。
 ぼくは手に問診票をもっていたので、これを肉の隙間に挟めたらなと思った。そうすれば両手が使えるようになり、3DSをプレイしたり靴ひもを結びなおしたりすることができる。もしかすると、その問診票が自分の順番を証明するものになり、番が来るまで外を散策することもできるかもしれない。
 でももちろん、これを挟むには男性の許可が必要になってくる。出し抜けに問診票を挟み込んだりしたら驚くだろうし、弁解の仕方によっては激怒される可能性だってある。では、あらかじめ了承を得ることができればいいのだけれど、これもこれで難しい。第一、その肉の隙間のことを何と呼べばいいのかがわからない。仮にそれを肉の隙間と言って表現したらたぶん嫌な思いをするだろうし、首のくびれと呼ぶのもどこか媚びたようで逆に無礼な感じが残る。そもそも最悪の場合、本人がその隙間の存在自体を知らないといったことだってあるかもしれない。というのは、その部位は日常生活を送るうえで自身の視界には移らない、まったくの死角にあるものだからだ。「そんなものありませんよ」と鼻で笑われる可能性だって大いにあるわけで、そうなればこちらも「そうでしたね」と話を合わせるほかなく、それ以上に踏み込むことが難しくなる。
 しばらくその段段を見ていると、徐々にそれが口のように見えてきた。ずいぶん大きな唇ではあるけれど、凛と結んで寡黙に決め込むようだった。そうすると後頭部全体が顔面のように思えてくる。それは目も鼻もなく、なぜか口の上から刈り上げが続く奇怪な顔だった。これがじっとぼくを見つめ返してきていると思うと、いっせいに肌に粟粒がたった。
 「体温はかってくださーい」とその口がしゃべったので悲鳴をあげそうになった。が、その横で年配の看護師さんが、少し苛立った顔で体温計を差し出していた。ぼくは体温計を受け取った。脇に挟んで待つと、36度6分とあった。平熱よりも少しだけ高いようだった。肉の隙間に体温計を挟みたい、そこの体温を知りたいと思うのだけれど、そこでぼくと男性は別の診察室に案内されてわかれた。

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