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2018年10月17日19:29

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十四日目の日記。

さて、十四日目である。二週間続いた事は書いている当人が云うのもなんだが驚異である。よって明日か明後日には止めるだろう。昨日は秋の脂がたっぷり乗った秋刀魚、蛸と胡瓜の酢の物、肉じゃがという素敵メニューだったので、日本酒を頂いてしまう。このメニューに酒が要らない人は個人的には信じられないが、妻はご飯を食べていたので自分にとっての「個人的」が如何にミニマムかという事を思い知らされつつも美味しく頂いた次第である。酒を飲むと延々と飲み続けてしまうのは致し方ないとは云え、アテが中々資が悪く(無論口にしていた肴の話では無い)、結構酔ってしまう。録画しっぱなしにしていたwowwowでB’zの30周年だかの企画で50本だか云う全シングルのヴィデオクリップを流すという5時間くらいの長尺のそれは、まぁまぁ何処から見ても構わないものであるが、偶々序盤の『easy come easy go!』が流れていて、迂闊にも見始めてしまったのであった。別にB’zに含むものは無いし、寧ろ好きだし(そりゃあ録画するくらいだからね)問題は全く無い筈なんだが、意外に「喰らった」のは年代順に並んでいる、という事。御丁寧に曲が始まる前に何枚目のシングルで何月何日発売、という紹介も入る親切設計でそれを順に追っていくウチに自分の人生を思いの外マジで振り返ってしまう。いやぁ、そんなの火曜日の夜中に酒飲みながらやるもんでは無く。特に音楽というもの(更に云うと「流行のポップス」)は時代性と切っても切り離せず、そして時代性は自ずと個人的生育史と密接に絡んでしまい、その音楽を聴くと自動的に「その時代」が自分の中で起動してしまうという素晴らしくも厄介な性質を持つ。最初は中高生の頃合いなので、ただ単に「懐かしいなぁ」で済んでいたが、徐々に過酷で滅々とした二十代に入るに従い「こりゃあ相当ヤバい匣の蓋を開けたか?」なんて思ってしまった。二十代というのは本当に我ながら腐り切った感じで(特に前半は目も当てられない)、何度か「うわぁ!」と叫びそうになるが、グッと日本酒で流し込み、何とか人生の祭りの季節である二十代末期頃まで持ち堪えたが、こういう経験は余りしたくないものだ。これは重ねていうがB’zの音楽が悪い訳では無く人生の行いと努力不足が悪いのだが、実に面白い知見であった事は確かだ。iPodにB’zは全曲放り込んでいるが、シャッフルで流している時にはこのような感興は湧かないし、アルバムを時代順に並べて聴いても同様だろう。この不発弾から緩々と毒ガスが漏れるような効用は、「シングルを時代順に、しかも日付のアナウンスが入る」状況でのみ発動し、またB’z以外のミュージシャン、バンドにおいても発動し辛い(長期的に頻繁にシングルをリリースし、それを自分が聴いている、という極私的環境がB’z以外は揃わない。またそれが二十代前半という既に過ぎ去って更新のしようが無い事でもある)為、TMだろうがXだろうがLUNASEAだろうがソウルフラワーだろうがcharだろうが、全て何れかの条件で欠格がある。何処まで行っても極私的条件だが。と、云う事はこの録画したB’zのヴィデオクリップ全部乗せは、再生すればまた「必ず」こうした感興を喚起させると云う事であり、これは中々に面白いアイテムを得た、という事になる。ま、使う事は無いだろうが。不発弾は、爆発しないからこそ不発弾なのだ。炸裂してしまえば、周囲に忘れ去った筈の被害を及ぼし、傷を負わせる。そのままにしておくべきであろう。
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