【プログラム】
<Vol.11>
ハイドン:弦楽四重奏曲 第80番 変ホ長調 op.76-6 Hob.��:80
クルターク:「ミハーイ・アンドラーシュの為のオマージュ」
弦楽四重奏のための12のミクロリュードop.13
J.S.バッハ:「3つの主題による4声のフーガ」(コントラプンクトゥス�将記后�
”フーガの技法 ニ短調 BWV1080”より
*****休 憩*****
バルトーク:弦楽四重奏曲 第4番 Sz.91
2018年6月30日(土),16:00開演,ふきのとうホール
<Vol.12>
J.S.バッハ:コラール「我が心の切なる願い」BWV727
”マタイ受難曲BWV244”より(弦楽四重奏版)
ハイドン:「十字架上のキリストの最期の七つの言葉」op.51,Hob.�記記�:50-56
(弦楽四重奏版)
*****休 憩*****
ベートーヴェン:弦楽四重奏曲 第10番 変ホ長調 ”ハープ” op.74
2018年7月1日(日),16:00開演,ふきのとうホール
クァルテット・ベルリン・トウキョウ
守屋 剛志(ヴァイオリン)
ディミトリ・パヴロフ(ヴァイオリン)
グレゴーア・フラバー(ヴィオラ)
松本 瑠衣子(チェロ)
ふきのとうホールのレジデンス・アンサンブル,クァルテット・ベルリン・トウキョウによる2日連続の演奏会。この弦楽四重奏団のステージの大きな特色は,意欲的なプログラム。これまで古典派やロマン派の定番に加え,現代作品を取り上げることが多かった。今回は現代音楽の他に,ハイドンの大作やJ.S.バッハも取り上げる。常に進化してやまない,変化に富んだ演奏曲目が,クァルテット・ベルリン・トウキョウの真価である。
公演1日目の目玉は,クルタークの「ミクロリュード」とバルトークの「弦楽四重奏曲第4番」であるが,バッハの「コントラプンクトゥス」を追加することで,クルタークとバルトークの作品を結ぶ線を一層強化することを狙ったとも受け取れる。ウエーベルンの音楽を彷彿とさせる面を持ち合わせる「ミクロリュード」は夜の音楽の雰囲気があふれ,バルトークの弦楽四重奏も中間楽章での音の細かい動きはクルタークと似ていなくもない。そして,バッハの「コントラプンクトゥス」には,厳格な対位法で東欧の夜の雰囲気を引き締める効果がある。そういえば,ハイドンはドイツ人だが東欧で活動した時期もある。エルデーディ四重奏曲から1曲を選んだのは東欧繋がりかもしれない。
2日目のメインは,ハイドンの「十字架上のキリストの最期の七つの言葉」でしょう。この曲へ聴衆を導くために,まずバッハのコラールを持ってくる。ベートーヴェンの「ハープ」は,このホールのオーナーのたっての望みでプログラムに採用されたようだ。当日,地元紙に掲載されたエッセイのコピーが配られ,そこには「ハープ」の「節度ある甘さ」をこの会場で味わいたいとのオーナー談が引用されている。この曲はベートーヴェンの弦楽四重奏曲の中でも最も苦手とする作品なのだが,「ハープ」を理解する手がかりを与えてくれるような演奏だった。ラズモフスキーと後期弦楽四重奏曲との間にあって,それらとは毛色の異なる甘さがこの作品をつかむキーワードなのかもしれない。「十字架上のキリストの最期の七つの言葉」は規模の大きな弦楽四重奏曲であり,そのせいもあってかこのアンサンブルのメンバーが持つ全てを投じたような大変な力演だった。そうやすやすと取り上げることは難しい大作であり,この作品を生で聴くだけでも圧倒される。
一方,このアンサンブルを年に2度,1回当たり2回の公演を3年間にわたり,ほぼ毎回彼らの演奏を聴いてきて,やや食傷気味であることも偽らざる事実だ。最大の要因は,彼らのロマンチックな音色にある。国民楽派の弦楽四重奏曲を演奏するにはふさわしいのだろうが,現代作品や古典派以前の作品の音楽を表現するには,あまりにもふくよかで艶やか過ぎる。この団体が好んで取り上げる音楽の演奏には,響きがもっとストイックであって欲しいと願う。目指している音楽は現代的であるにもかかわらず,それを表現する響きが一昔前の国民楽派風のロマンチシズム調であることに違和感や矛盾を感じる。たぶん,このホールがライブ気味な音響特性を持っていることも,こうした印象の一因になっているのだろうが。
公演の2日目の最後に,レジデンス・アンサンブルの契約がもう1期延長されたとの発表があった。プログラムの組み方が従来と変わりなければ,これからもクァルテット・ベルリン・トウキョウの演奏を聴き続ける公算は大きい。しかし,ふとしたきっかけで興味を失うこともありうるだろう。
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