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2018年07月31日13:23

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民主主義という魔語

あるものごとや言葉に打たれる、肚に落ちて理解できるとは、それが指す対象が未知だった、その価値が分かりやすく、有無をいわせぬほどの素晴らしさを持ったものだった、などのときであろう。
敗戦期の日本人にとり、民主主義や平和憲法がまさにそういうものだったことは、『何でも見てやろう』の冒頭のほうで、本土決戦などという狂気を軍部が本気で呼号していたあの戦争末期の惨めさの直後にそれらの到来を知った少年の小田実が、ベートーヴェンの第五シンフォニーをはじめて聴いたときのような圧倒的な前進の明るさを浴びせられた思いだったと語っているのは、よく分かる。この比喩は、高一で小田のその本を読んで以来ずっと私がくっきり憶えているのだから、小田の作家らしい鮮やかな喚起力を示している。

ではなぜ、このところ何度か書いているように、現在の私は、そういう代表的戦後日本の価値とされているものに、嫌悪を示しているのか。
結論を先にいえば、そこには二重三重の引っ掛かりを、私が感じているからである。

まず第一に、民主主義、平和国家、人権などのことがらは、米があの戦争で散々てこずった日本に二度と軍備を持たせぬよう武装の剥ぎ取りが最大の目的だった。だがGHQのマッカーサーの下に理想主義者のニューディーラーたちがいたこともあり、戦前日本が天皇のためならどんな絶望的な状況に陥っても絶対に諦めず降伏しなかったのは、社会のあらゆる場所に前近代の遺制が多く残存していためと考え、西欧各国並みの政治制度を導入させ整えさせればあんなバカで気狂いじみた戦争はやらかすまいと考えた。そのファシズム出現防止のため、民主主義や人権、平和憲法などの制度的インフラを強引に敷き詰めていった。
つまり出現した近代的制度は、戦前日本の頑強に手を焼いた連合国の自己利益が目的で、日本人の幸福が目的ではない。その証拠に、朝鮮半島で戦争が起こると、日本の軍備を放棄させたすぐ後に今度は再軍備を命じる。
だがここですぐ、これを読まれているリベラル好きの方面からは、「それは認める。だが由来や目的は何であれ、その押し付けられた政治原理や制度さえ戦後の日本国民が支持する良きものでありさえすれば、つまり結果良ければすべて良しではないか」との声が、挙がるかもしれない。
政治原理や制度などのことがらは、大なり小なり世界史で先行する外国から移入するしかなく、最初はそれらが表層的なものであっても、次第に根付いていくならそれでよく、またそれ以外に先行国のそれらを移植する方策はないではないか、と。

その主張に一理あることは、私も認める。そういうふうにして内面化されていくものも、無論あるであろう。
純技術や問題など理系のことがらは、たぶんそれでよい。
だが、政治の思想や制度などは、そのような表層だけでよい問題とは多分に異なる要素を、ひとつの社会や人びとは、持っているのではないだろうか。それもわが国のように、紀元前の2千年以上前から存置してきた共同体や人びとのあいだでは、ことは、そう容易くは運ばないのではないだろうか。
それはなぜか。

そういう古い土地では、人びとを束ねたり律したりある方向へいざなったりするには、住民の居住形式や支配的農業の方式を背後に、風土性というものに根差し、その土地の人びとに長い歴史の時間をかけて編み出され、習熟されてきた「個々の心と心を繋ぐ独自のその土地なりの合理的な方法論」が必ず存在し、それを頭から無視した近代主義だけの権力も制度も思想も、必ず、失敗するからだ。

何が結局のところこの土地の人間たちを動かしているのかの観点から見たとき、この土地と人々は、表層は明治開花と戦後の占領軍強制の米国式近代化の衣装に蔽われてはいるが、一つその表皮を剥ぐと、その奥や裏側には、江戸期やもっと以前からの封建的な民俗習慣や前近代の遺制が驚くほど残存していることは、われわれ自身が良く知っていることだ。いや前近代どころか、ひょっとするとわれわれの心性を律しているのは、物品を贈りその返礼を欠かさない古代の原始贈与制なのかもしれないのだ。商品経済の前にそのような交換形式が世界のある地域には普遍的だったと想定されることを、哲学の柄谷行人は、その『世界史の構造』で説いている。
(続く)
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