ずっと昔、高校生の頃、NHKでアニメ「子鹿物語」のクライマックスをたまたま観て衝撃を受けたのを覚えている。てっきりラスカルの二番煎じで、「子鹿かわいい」だけが売りの番組かと思ってたら、まったく違っていたのだ。
で、早速、原作の和訳を読んでやろうと講談社の文庫版を買ってきたものの、早々に挫折。序盤は進展がやや緩慢で、てんで忍耐のない当時の私には、読み進めることができなかった。(笑)
それでも、あれから30年あまり経ち、とうとう偕成社文庫版の全3巻を読み終えるときが来た! たしかに冒頭は若干焦れたけど、そこを抜ければ一気に魅力が広がっていった。間違いなく不朽の名作だろう。
原野に囲まれたフロリダの開拓農民として、慎ましくも逞しく暮らす一家の、これは一年の記録。みずみずしい自然の描写と、素朴ながらも情感豊かに綴られた日々の暮らしの佇まいがたまらない。
とはいえ、日本では知名度がいま一つのように思える。長編なので、これまで児童書の多くは抄訳で出ていたようだけど、それも今や全滅。完訳を誇った偕成社文庫版もラインナップから落ちてしまい、残るは市中の在庫だけという寂しい状況である。
あとは、子供向けの体裁にこだわらなければ、光文社古典新訳文庫が幸いにもある。2008年刊で訳も新しく、電子版もあるので入手性は安泰と、文句の付けようはないかも知れない。(私が高校時代に入手した講談社版は、すでに絶版である。)
たしかに子鹿物語には、児童文学らしからぬ表現を含んでいて、敬遠されるのも分からないでもない。たとえば最終盤、主人公の少年ジョディに対して、父親はこんな言葉をかける。
「だれだって、人生を美しく、すばらしいものにしたいとのぞんでいる。ジョディ、人生はすばらしい。しかし、なまやさしいものじゃないんだ。人生は人間をうちのめすんだ。おきあがろうとすると、またうちのめす。わしは生涯、不安につきまとわれてくらしてきた。」
重すぎる...。ここ一年半に渡って児童書を読み続けてきたけど、これほど身も蓋もない人生訓を目にしたのは初めてだ。本作の原題は "The Yearling" (一歳子)。登場する子鹿のことを直接的には指しているが、飼い主のジョディもまた、大人への一歩を踏み出すいわば一歳子、という意味でもある。
画像は、原書、偕成社文庫版 (下巻)、光文社古典新訳文庫版 (上巻) のそれぞれ表紙。著者はマージョリ・キナン・ローリングズ (1896 - 1953) で、1938年出版。
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