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2018年05月20日15:44

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札幌交響楽団 第609回定期演奏会

【プログラム】

1 ショパン: ピアノ協奏曲 第1番 ホ短調 op.11

   ***** 休 憩 *****

2 ブルックナー: 交響曲 第3番 ニ短調「ワーグナー」(1877年第2稿)

(アンコール)
 ショパン:夜想曲 第20番 嬰ハ短調(遺作)

 シャルル・リシャール=アムラン(ピアノ独奏)
 札幌交響楽団(管弦楽)
 高関 健(指揮)

2018年5月19日(土),14:00開演,札幌コンサートホール


懸念していたとおり,4月の定期演奏会と比べて演奏の水準は低下していた。それはマティアス・バーメルトの指揮がいかに優れていたかを示す証左でもある。また,その原因は指揮者だけでなく,ピアノ独奏にも責任の一端はあると考えるべきだろう。

シャルル・リシャール=アムランは,カナダのケベック州で生まれ,2015年のショパンコンクールで2位入賞を果たす。フランスの文化的背景を持つピアニスト特有の洗練されたピアニズムの持ち主。透明な響きを叙情的な優しさが包むような音色で,明晰な演奏を披露してくれた。これほど明晰さと叙情がうまくバランスしたピアニストは,いまやフランスでも珍しいのではと思うほど。ときおり,タッチの加減で透明感あふれる音に濁りが生じたのは残念だったが。

音の濁り以上に惜しまれるのは,アムランのフランス的な洗練と叙情に満ちた演奏があまりにも自己完結的になってしまい,さほど心に響いてこなかった点である。透明感あふれるサウンドで弾き続けることに神経が行ってしまい,作品の持つメッセージを客席に届けることが少し疎かになってしまった嫌いがある。ショパンは聴く者の情緒にダイレクトに訴えかける作曲家なので,ピアノの響の領域だけで自己完結するような演奏は歓迎できない。テクニックの面で問題がなかったので,もう少し奔放なショパンを聴きたかった。

ショパンのピアノ協奏曲の演奏に関してもう1点付け加えると,ピアノ・ソロとオーケストラの音色に開きがあり過ぎた。この日の札響は最近になくロマンチックで濃厚な味付けである。コルンゴルトやラフマニノフを凝縮したような濃密かつ硬質なサウンド。アムランの知性を感じさせる怜悧な透明感と札響の頽廃にも似た爛熟は,互いに融合することなく分離したままで終わる。次に控えているのがブルックナーだということが多少なりとも影響を与えている可能性も排除できないが,コンチェルトを演奏する場合,オーケストラがソリストに寄り添うのが基本なのではないだろうか。それぞれが我が道を行くでは興が削がれることはなはだしい。

ブルックナーの交響曲第3番「ワーグナー」の演奏に際しても,オーケストラのサウンドはそっくりそのまま引き継がれたため,違和感を拭えなかった。オーケストラの比較的高い音域が強調され過ぎていて,ブルックナーの交響曲のエネルギー・バランスから懸け離れているように感じる。管楽器が異様なまでに目立ち,弦楽セクションの人数が不足するオケで演奏したブルックナーのようにきこえる。もし,これが指揮者の考えを反映した響のバランスなのだとすれば,このマーラーのようなブルックナーにはあまり食指は動かない。この交響曲第3番に限らず,ワーグナーのような音のバランスのブルックナーが好みだ。

ただ,聴衆として反省すべき点もある。準備がほぼゼロの状態で演奏会に出かけてしまったのである。ぶっつけ本番に近い状態でブルックナーの交響曲を聴くのは無謀だった。それとともに,この作品をじっくりと聴き込む機会を逃したのも小さくない痛手といえる。しっかり予習していれば,どこに不満を感じたのかより具体的かつ詳細に指摘できたかもしれないが,それも難しい。

ただ,普段の札響定期の水準に戻ったことは,ある程度の自信を持って指摘できる。やはり,中途半端な状態に終始したため,方針を徹底できなかったためだろう。そこにマエストロの力量の差が現れていたように思う。
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