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2018年03月24日22:31

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アレクサンドル・タロー ピアノリサイタル

【プログラム】
 J.S.バッハ: ゴルトベルク変奏曲 BWV988(全曲)

(アンコール)
 スカルラッティ: ソナタ K.141

 アレクサンドル・タロー(Pf)

2018年3月18日(日),14:00開演,札幌コンサートホール


演奏曲目は1曲で演奏時間も1時間10分少々と,通常のリサイタルのほぼ半分だ。フランスのピアニストが弾く「ゴルトベルク変奏曲」である。物足りなさを感じさせるリサイタルかと思いきや,上演に3〜4時間かかるオペラに匹敵する満足感を覚える。

このリサイタルを聴いて,「ゴルトベルク変奏曲」が充実した内容を備えていることを改めて痛感する。それに劣らず,アレクサンドル・タローがこの傑作のポテンシャルを引き出していた。このピアニストのCDは何枚か聴いているが,彼のステージに接するのは今回が最初となる。録音で聴くタローも悪くはないが,ホールで聴く彼の演奏は格別だ。ライブを聴いて失望する演奏家もいるが,このピアニストは演奏会場で聴かない限り,その真価に触れることは難しいのかもしれない。

アレクサンドル・タローは,フランスのピアニストの最良の面を全て持ち合わせているようだ。特に明晰さでは傑出している。タローが把握した作品全体を表現するパーツとして,ディテールが造形され組み上げられてゆく。見事というほかないバランスの良い細部と全体の造形である。感性の面でもフランス人らしさが光る。和声はほどほどに抑え,旋律を美しく浮かび上がらせるスタイルである。ドイツやロシアのピアニストのように低音の重量感を強調することなく,透明感のあるタッチで音の連なりを紡いでゆく。旋律線は金属が放つ光沢を帯び,その透明な光がホールを包む。

一方,各変奏の性格描写は大胆極まりない。テンポとタッチを変幻自在に操り,2つのアリアと30のヴァリエーションの特徴を描き分ける。時折,長いインターバルをとって変奏同士のグループ分けを示唆することもある。「ゴルトベルク変奏曲」の演奏では異例ともいえる,こうしたアプローチを採用することで,演奏する側の解釈を聴衆に伝える試みなのだろう。下手をすれば違和感を抱かせかねないこの試みを自然に受け入れられたのは,演奏者の力量の賜物なのではないだろうか。

バロック時代の傑作「ゴルトベルク変奏曲」をあたかも現代作品を演奏するときのようなスタイルで弾き切ったことも実に新鮮だった。この変奏曲を演奏する際,ピアノでチェンバロの響きをどう表現するか,どのように装飾音を再現するか,フレーズごとにどうテンポを動かすかなど,バロック音楽にまつわるデフォルメをいかに表現するかに頭を悩ませるアーティストは少なくないはず。とりわけ,古楽の演奏スタイルが隆盛を極める今日無視するのは難しいテーマだ。しかし,アレクサンドル・タローはこの点に関しては一顧だにせず,感情移入は排除して無機的ともいえるほど端正な演奏様式を貫く。それでいて,バッハがこの作品に込めたメッセージがダイレクトに伝わってくる。そこには尋常ではない何かが作用しているような気がしないでもない。

この作品を端正極まりないスタイルで弾いても,作品の内実伝わってくるということは,作品のクオリティの高さを物語っていると同時に,演奏家の力量が非凡であることの証でもあるのだろう。1時間余りという異例なほど短い演奏会ではあったが,久し振りに胸にズシンとくるものがある充実したリサイタルだった。演奏終了後,聴衆の大半が半ば上気したような表情だったことも,この演奏会の水準が並外れていたことの証拠だろう。
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