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2018年02月23日15:03

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安倍政権の「働き方改革」はなぜ迷走するのか 長時間労働の原因は「正社員」にある

 下記は、2018.2.23 付の JBpress に寄稿した、池田 信夫 氏の記事です。

                      
   池田 信夫

   経済学者。1953年生まれ。東京大学経済学部を卒業後、NHK入社。93年に退職後、国際大学グローバル・コミュニケーション・センター(GLOCOM)教授、経済産業研究所上席研究員などを経て、現在は株式会社アゴラ研究所所長 SBI大学院大学客員教授 青山学院大学非常勤講師 学術博士(慶應義塾大学)。主な著書に『ウェブは資本主義を超える』『ハイエク』『なぜ世界は不況に 陥ったのか』『希望を捨てる勇気』などがある。

                        記

 安倍首相が今の通常国会の最重点法案としてきた「働き方改革」法案の審議が難航している。裁量労働制についての答弁で使われた比較データに疑問があると野党に指摘されて首相は答弁を撤回し、厚生労働省は働き方改革関連法の施行を1年遅らせる方針を示した。

 法案に不備があったわけでもないのに、データの間違いばかり追及して延期を求める野党はおかしいが、その後117件も「不適切データ」が見つかったという厚労省の説明も奇妙だ。何より雇用改革がいつまでも混迷する根本的な原因は、安倍首相の理念がはっきりしないことである。

10年越しの「残業代ゼロ法案」をめぐる混乱

 首相は施政方針演説で「戦後の労働基準法制定以来、70年ぶりの大改革」に乗り出す意欲を示し、「非正規という言葉をこの国から一掃してまいります」と宣言した。その柱は次の3本である。

 1.正社員と非正規労働者の「同一労働・同一賃金」
 2.残業時間の上限規制(毎月100時間)
 3.裁量労働制の拡大・高度プロフェッショナルの「脱時間給」

 この3つは方向性が違う。1と2は雇用規制の強化で、野党も賛成しているが、3は規制緩和で、これが争点になっている。「高度プロフェッショナル」は2007年に「ホワイトカラー・エグゼンプション」として検討されたが、野党やマスコミが「残業代ゼロ法案」として反対し、法案化できなかった。

 今回の法案でこの3つがセットになって出てきたきっかけは、2015年末に起こった電通の過労自殺事件である。長時間労働にマスコミの批判が集中し、検察は電通に強制捜査を行い、電通の石井直社長は辞任に追い込まれた。

 これを機に安倍政権は、長時間労働を規制強化する雇用政策に転換した。それはリベラルを支持層に入れる意味では政治的に賢明だったが、財界が反発し、積み残されていた雇用規制の緩和を求めた。

 昨年の段階では連合もこれに同意し、規制強化と緩和をワンセットにした法案ができたが、野党は規制緩和を阻止する方針に転換した。そこに「不適切データ」が出てきたのは偶然とは思えない。温情主義の厚労省は、本音では規制緩和したくないのだろう。

裁量労働で働くマスコミが裁量労働を批判する

「残業代ゼロ法案」を激しく批判してきたのはマスコミである。裁量労働がそれほど悪い制度なら、全面的に禁止したほうがよさそうなものだが、そうはいわない。彼らが裁量労働制で働いているからだ。2017年7月9日の朝日新聞はこう書いている。

 朝日新聞社は、国内外で約2千人の記者が働き、原則「裁量労働制」が適用されている。社外で取材する時間が多いため、正確な労働時間を把握することが難しいからだ。記者は、裁量労働制を適用できると法律で定められた19業種(専門業務型)のうちのひとつで、日々このぐらい働くという「みなし労働時間」を労使で取り決めている。

 この記事も認めるように「記者の働き方は取材するテーマによって様々だから、働き方の平均像がつかみづらい分、どう働くかは記者の裁量に委ねられてきた」。ほとんどの新聞社・通信社の記者は裁量労働制だが、彼らがそれに反対したという話は聞かない。それは新聞記者にとってメリットがあるからだ。

 報道は結果がすべてである。何時間も夜回りして1行も書けない記者もいれば、電話1本でトップ記事を書く記者もいる。それを時間給で評価していたら、何もしないで夜遅くまで会社にいる記者がいちばん給料をもらうことになる。

 だから新聞記者は「残業代ゼロ」だが、「みなし労働時間」で高い賃金をもらっている。労働者にとっては、給料としてもらうか残業代としてもらうかはどうでもよい。コンピュータ・ネットワークによる在宅勤務でも、拘束時間と成果は1対1に対応しない。これからそういう仕事が増えることはあっても減ることはない。

 裁量労働制は、すでに「専門業務型」と「企画業務型」には認められている。今回の法案は、それを法人営業などの「課題解決型」にも拡大しようという話に過ぎない。それを裁量労働で取材している記者が批判するのは、偽善というしかない。

「正社員」という言葉を一掃する改革が必要だ

 働き方改革の究極の目的が、安倍首相のいうように「非正規」を一掃することだとすれば、すべての非正規労働者を正社員(無期雇用)にするように規制すればよい。民主党政権の時代に、厚労省は契約社員を5年雇用したら正社員になれるように労働契約法を改正した。

 その結果起こったのは、非正規の雇い止めだ。規制が始まってから5年後の2018年3月末で、多くの契約社員が失業するだろう。非正規を規制強化することは、正社員の既得権を強化して労働者の格差を拡大するだけだ。

 そもそも正社員は幸福なのだろうか。国際的なアンケート調査では、日本の労働者は「いま働いている会社が嫌いだ」という回答の比率が主要国で最も高いのが通例だ。他の会社を選ぶ自由がないからだ。日本の労働生産性が低い原因も、正社員を長時間拘束する雇用慣行にある。

 今でも労使協定で残業は制限されているが、それを上回る「サービス残業」をするのは正社員だけだ。ここでは労働生産性は問題ではなく、みんなと一緒に残業して会社に対する忠誠心を見せ、長時間労働に耐えた者だけが出世競争に生き残るからだ。

 そういう働き方は、もう終わった。これからは工場やオフィスに集まって行う共同作業はコンピュータで置き換えられるので、人間は時間で計測できない非定型的なサービス労働に特化するしかない。

 だから長時間労働をなくすために必要なのは「非正規」を一掃することではなく、雇用規制を緩和して労働移動を自由にし、「正社員」を一掃することだ。定年まで勤務するサラリーマンだけが「正しい社員」だという通念をなくさない限り、いくら規制を強化してもサービス残業はなくならない。

 それは生産性向上のためだけではなく、労働者にとっても必要だ。彼らを時間で拘束されて時間で賃金をもらう労働から解放して裁量を拡大する改革は、労働者の自由のために必要なのだ。

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52431
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