正宗白鳥『何処へ・入江のほとり』（講談社文芸文庫）に収録されている三作目は「微光」である。中央公論の編集者・滝田樗陰が、俥を飛ばしてやって来て「唾を飛ばしながら激賞した」という短編「微光」は、白鳥三十一歳という壮年期の代表作である。白鳥は「文壇的自叙伝」に、次のように解説している。
「私の作中では珍しく色っぽいところがあったゝめか、発表後好評嘖々（さくさく）で、今まで私の小説才能を蔑視していた二三氏も、私を見直すようになって、新たに私に向って讃辞を注いだような有様であった」
とすれば、白鳥はさぞかし「芸術的悦楽」を感じたことであろうが、しかし、と言うのである。
「私が批評家の立場から見ると、この小説は通俗味の勝った浅薄な作品であったのだ。秋声氏や秋江氏はそう思っていたらしかった。私の『微光』系統の作品にも、もっとすっきりした気持のいゝ小品が幾つかあった筈だ」
「気持のいゝ小品」が何かは明かされないで、「微光」は「通俗味の勝った浅薄な作品」と卑下しながらも、白鳥は「しかし、悪作でも駄作でもなかったであろう」とも自負して、「芸術家の人気は、作品の真の出来栄えに基くとは限らず、芸術家自身、運に任せて諦める外無いようなものだ」と達観してみせる。とすれば、文壇的に言えば白鳥は運がよかったのかもしれない。
ちなみに、「微光」という題名について、「作品のうちには光なんか少しも宿っていないのに、名前だけはそういうものをくっ附けた」と惚けてみせるが、じつは妾となって生きる女主人公の薄幸な半生のなかに、白鳥は、かすかな光を透し彫りしているのではなかろうか。
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