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2018年02月13日21:44

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本 ”ポトスライムの船” 津村記久子

”ポトスライムの船” 津村記久子

たまには芥川賞作品でも読もうと、
過去何冊か読んでいる津村女史の2009年受賞作を図書館にて借りてみました。


29歳のナガセ(女性)、大卒で入った会社を上司のパワハラで辞め、
現在は奈良の実家で母と二人暮らしをしながら、昼間は化粧品工場のライン、
夜は大学時代の友人のカフェ、土日は老人向パソコン教室の講師など、
年中無休で働き、将来の目標も結婚も描けないまま質素に暮らしている。
ある日、工場の掲示板に貼っていた海外青年隊の世界一周旅行の代金163万円と
自分の工場での年収が同じなのに気づき、なんとか貯めてみせようと決意する。
水さえやっていれば勝手に成長するポトスライムのように自分の夢もいつかは、、、。

派手なことは起こらず、築50年の古家の将来の修繕代を心配する母親、
大学時代の友人四人組、一人は駆け出しのカフェオーナー・ヨシカ、
卒業後すぐ結婚し経済的に恵まれてるのに愚痴ばっかり言って、
みんなから煙たがられているそよ乃、
結婚して幸せにやっているものと思っていたのに、
ある日突然幼稚園児の娘を連れてナガセの所に逃げ込んできたりつ子、
旦那が浮気しているらしい工場のラインリーダーの岡田さん、
といった周りの人たちの人生に触れて起こるナガセの少しの心の揺れが
流れるような文体で描かれている物語でした。

作者のこれまでの読んだ本の主人公と同じようにナガセも最初の就職での
トラウマから自分に自信が持てず、鬱屈しています。
単調なラインの仕事、働いても働いても経済的な余裕ができない毎日に、
唐突に腕に”今がいちばん働き盛り”と刺青をいれたいと思いついたり、
世界旅行と自分の年収の価値が一緒なのに気づき発奮したり、
ポトスはどうやって食べたらいいのか思い巡らせたり、
突然ネットで特に必要でもないい大型の雨水タンクを買ったり。
そのひねくれた心情が、理路整然と語られるのが面白く、
いつのまにかナガセの心情に引き込まれていきます。
しかもそれらが関西弁なので尚更、すっと胸に落ちてくる。

個人的にはりつ子の娘との交流は、
幼稚園児との距離の取り方がわからないいナガセの戸惑い、
植物図鑑やポトスライムの水やりでなんとか心が通う安堵感が印象的。
そして、仕事頑張って、節約して163万円貯めるべく
ひたすら頑張った一年後のナガセの姿に、
観葉植物のポトスライムのような生命力をうっすらと感じて
物語は終わります。

淡々とした日常なのに、こうやって最後まで飽きずに読ませてしまうのが
やはりうまいです。 
これだけ書けるから芥川賞なのでしょう。
大きな感動やどんでん返しや笑いといったドラマがなくても、
要は心情を丁寧に汲み取った文章を書ければ、
芥川賞をとれるのだと納得いたしました。
ちなみに5年後のナガセとヨシカが出てくる”ポースケ”が
先月文庫で発売されてたので、読んでみようと思います。

一緒に収録されていた短編”十二月の窓辺”、
これは作者自身の体験が元になっている、
新卒で入った会社で女上司に理不尽なパワハラを受ける女性の話。
つまり受賞作の前段に当たる物語。
仕事ができない申し訳なさの上に、辞めようと思っても
上司からの、”辞めてもお前はどんな会社に行ってもやっていけない”
という言葉の呪縛から逃れられず、辞めることができない。
おそらく世の中の仕事が上手くいっていない人たちの共通のこの不安が
作者の見事な心情描写によって痛いほど伝わってきます。
それだけに結末にはすごく安堵しました。

芥川賞を受賞し、この二編が入った本が出版された2009年は、
ちょうどワーキングプアという言葉や、
”蟹工船”という本がリバイバルヒットしていた頃で、
そういう意味では当時の時流に乗った作品なのでしょう。
そして今ではもっと問題が顕在化して、パワハラによる自殺や過労死というように、
ますます社会的な問題となってきています。

作者もそういう酷い環境からなんとか逃げて、
二度目に就職した会社には10年勤めて、
そのうち七年間は作家として二足のわらじを履いていたとのことです。
苦しかった時代もネタにして芥川賞も取れたし。
だから、たくさんの困っている人たちもこの本の主人公のようになんとかしのいで、
ささやかな目標を持って生き延びて欲しい。
ちょっとした水やりでも毎日欠かさずやれば育ち、
大きな花を咲かさなくとも美しく緑の葉を輝かせるポトスライムのように。

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