正宗白鳥の評論・自叙伝に触発されて、作品集『何処へ・入江のほとり』（講談社文芸文庫）を読み始めた。
まず、冒頭の小品「塵埃」は、どうにも評する言葉を知らない。正宗白鳥ご本人は「文壇的自叙伝」などで自作をどう解説しているのだろうか。
「私の最初の短篇集は題名を『紅塵』とした。新聞社内の見聞を材料とした小品『塵埃』が評判がよかったので、それを短篇集の題目とするつもりであったが、塵埃という言葉はあまりに殺風景なので、ふと思い直して紅塵と変更した」
たしかに「塵埃」は殺風景というほかないな作品である。
ついで、「何処へ」は白鳥が「新進作家としての確固たる地歩を占めた」作品の一つであると言う。
「明治四十一年に、一月の早稲田文学に『何処へ』、太陽に『玉突屋』、三月の中央公論に『五月幟』を寄稿して、どれも評判がよくって、新進作家としての確固たる地歩を占めた。……『何処へ』は上っ調子の浅薄なものであった。今の私は、自己の作中であゝいう作品を最も厭わしく思っている。とても読み返す気になれないものだ。しかし、あの頃の青年にはあんな気持に共鳴した者が多少はあったようだから不思議だ」
本当に「不思議だ」と思っているのだろうか。
さらに、「五月幟」を褒めちぎった中央公論の編集者・滝田哲太郎（樗陰）が、小栗風葉、小杉天外に心酔していたことから、その風葉の評にふれている。
「風葉氏は、真山青果氏などゝ一しょの席で、『五月幟』を褒めてくれたが、その次手に『何処へ』の結末を『まずい。」と低い声で一言附け足した。『その通りだ。」と私はひそかに同意していた」
と言うだけで終わらないのが白鳥である。「それとゝもに風葉氏の有名な長編『青春』をも、『まずい。」とひそかに思っていた」と断じてはばからない。
日々を鬱々と過ごす主人公は、「迫害される者は幸いなり」という言葉は当たっていると思っている。
「苦しめられようと泣かされようと、傷を受けて倒れようと、生命に満ちた生涯。自分はそれが欲しいのだ。……彼は主義に酔えず読書に酔えず、酒に酔えず、女に酔えず、己の才智にも酔えぬ身を、独りで哀れに感じた」
と言うのである。「平坦の道には倦むが、険崖を攀上（よじのぼ）っていれば、時をも忘れ欠伸の出る暇もない」のは道理だが、何処へ行くために、あるいは何のためにその「険崖を攀上る」のかが肝心なのだ。
本書の「解説」で千石英世は、以上の二作を「『この世』に本気になれない倦怠の利己主義を描く短篇」と片づけているが、作品の出来具合はともかく、果たしてそれだけのものだろうか。さらに作品を読み進むごとに、感ずるところを書きとめてみたい。
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