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2018年01月30日00:07

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ヘッポコランナー

今年一発目の日記になるのかな。
だいぶサボっていた感は否めないのであるが・・

さて書きたいこといろいろとあるが、まずは、調布市民駅伝の戦果から話そう。
毎年出場してもう7〜8年目になる調布市民駅伝。最初は、誘われての参加だったがいまではすっかり僕が皆を誘って、チーム代表で参加しているほどのハマりっぷり。
だが、昨年に続いて今年も不甲斐ない成績であった。
8km39分台。
昨年よりも若干タイムはあがったものの、全盛期より4分くらい落ちている。
全盛期でももっともっと速くなければ駄目だと思っていたのに、それが年々落ちているのである。
正直悔しい。悔しくて悔しくて自分が情けない。
歳のせいにもしたくもなるが、同じチームに参加しているHさんは、50歳にして30分台をたたき出すし、富士山マラソンにさえいまだに参加している実力者。
僕が、ひそかにライバル視しているMは、僕より1,2歳下だが、かつては僕よりもはるかに遅かったのが今ではコンスタントに36分台をたたき出している。
つまりは、僕は馬群に沈んでいる駄馬でしかないわけだ。
普段サボっているかといえば、そうでもない。
練習は週に2〜3回だがコンスタントにしているし、その中でも7kmは最低走り時には15km走ることもある。
走り続けているキャリアだけで言えば、17年くらいだ。
それなのに、たいしたタイムも出せないのである。
つまりは、やるだけのことはやっているくせに、たいした戦果を得られないのである。

しかしながら、
今年は不甲斐ない成績の中に、1つの気づきを発見した。
僕は2年くらい前から膝を痛めている。膝をかばうための走行をすれば、大腿骨あたりに激痛が走る。という体の状態だった。
1年チョット前から、試行錯誤をはじめた。
その時に参考にしたのが、「ナンバ走り」。
ナンバ走りとは、昔の日本人の走りのスペシャリスト、飛脚や忍者などが使っていた走り方なのだが、これが古武術家の甲野善則に見直され、桐朋高校のバスケ部に導入され大きな成果を出している。
いわく、「体に無理がかからずに高いパフォーマンスを発揮する」。
早速、自分の走りに導入したのだが、これがいけなかった・・・
確かに最初は楽に感じた。だが、続けているうちに、膝の痛みは悪化し、タイムは極端に落ちてきた。それでも、「やり方がいけないんだ」と来る日も来る日もナンバ走りを続け、いずれは体がベストな走りを選択すると思っていた。
そこで、僕はいろんな偶然もあって、勝沼フルーツマラソンというハーフマラソンに10月に参加することになった。
ハーフマラソン、20kmという距離をはじめて走るのだが、このナンバ走りならばきっとそのくらいの長距離でも難なくいけると思っていた。
結果は、14km地点くらいから、コムラ返り。
そこからが地獄だった。
アップダウンの続く山道、降りしきる台風直前の大雨の中を、痙攣した足を引きずった。
走るなんてもんじゃない。歩くのだっていっぱいいっぱいさ。
意地でも棄権せずに最後まで行ったが、もう足を引きずり歩いてのゴール。タイムは2時間45分という、恥ずかしくて人にも言えないくらい。
その上、足の痙攣どころか、肋骨近辺の筋肉まで痙攣してしまい、死ぬのではないかと思うくらい体がコントロール不能になった。
結果的に疲労回復とともに完治したのだが、人生であれほど惨めで情けないことなどなかったのではないかと思うくらいの身も心もボロボロの状態だった。
そこを反省点とし、抜本的に何かが悪いのではないか、と思い、走り方、フォームの見直しを図った。
信じ続けたナンバ走りをここで捨てることになる。
ともかく、ひとりでいろいろ調べた。
調べた結果、結局のところ、体幹をうまく使わざるを得ないところに行き着いた。
今、旬の体幹トレーニングである。
つまり、足に力をかけずに前進するために、体幹、つまりは上半身をフル稼働させる。
肩甲骨から、骨盤をひとつの幹としてそこから手足の枝を稼動させるという走り方である。
試してみたのが昨年の年の暮れ。
目標とする調布市民駅伝まではあと1ヶ月くらいの時期だった。
試してみたところ、体が非常に楽なのである。
走っている間は、膝に負担がかからず、痛みが起こらない。股関節や大腿骨も痛まない。非常にスムーズに体が運ばれ、しかもスピードが上がっている。
新しいフォームをモノにするべく、それからはかなりの頻度でランニングを行い、体幹ランニングを実戦し続けた。

結果的に調布市民駅伝の頃には時間も短く、モノにしきれてなかったのだと思う。
が、昨年と大きく違うのが、最後まで疲労が来ず、そこそこのペースを持続できたこと。誰にも抜かれなかったし、最後はかなりの人をゴボウ抜きした。
また、ラストスパートが無理なくかけられ、最後まで息切れすることなかった。
これは自分にとって大きな収穫だった。
膝の痛みはまだ継続しているが、体幹ランにより、動いていて膝に激痛が走らない。
僕は、ランニングとは、単純にスタミナだと思っていた。結局、体力あるかないかの勝負でしかない、と。
しかし、体幹ランで感じたのは、「ランニングとは技術だ」ということ。歳とともに衰える体力をカバーするのは、技術である。
そこに気づくまでに大きな代償を払いすぎた感も否めなくもない。がしかし、もうひとつ自分に言えることは、マラソンをバカにしていたということ。
結局、タバコもやめることなく不摂生をやめることなく、トレーニングさえしていれば、速く走れる、と思っていた。自分への過信。
また、マラソンで勝負するなど、バカらしい、マラソンなんて単なる体力を維持するための手段でしかないと思っていたこと。
そういう見下げた根性が、僕を絶え間なく落としていたんじゃないか、と思う。
僕は、不本意な結果だったり、誰かに負けたりするのがたまらなく悔しい。悔しくて悔しくて何日も悩んでしまう。
そんな性格にもかかわらず、だ。きちんと取り組んできたのか?自問自答してみる。
マラソン大会である程度良い成績を収めるランナーは、取り組み方が違う。
Hさんのように、歳とっても毎年、富士山マラソンに参加したり、新宿からの帰宅道約20kmをランニングしたりする努力を惜しまない。
そういう者のみが、一般人とレベルは画した超人のパワーを発揮するのだろう。
僕は自分が、常々「60歳でトライアスロンに出場して好成績を収める鉄人になりたい」と言っているが、それに向けた具体的な努力をせず、週に数回走って満足している。自分に甘いのだ。

今年は、もっといろんなレースに参加してみようと思う。
そこで自分が、どれだけの実力でしかないのか、レースで好成績を収めるには何をすべきなのか、をもっと具体的に考えてみる。
タバコは、調布市民駅伝の2週間前にやめてみた。レース後、自分へのご褒美で1箱吸ってしまったが、またやめようと思う。
自分が満足いくランナーになりたいのなら、タバコやめる苦しさなんて、苦しさでもなんでもない。
僕は、まだまだ自分を諦めない。
武者修行して鉄人の道を歩んでやる。
マラソンとは麻薬である、と誰かが言っていたが、まさにその通りだな・・

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