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2018年01月26日14:33

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住民が尊敬していた中国の名僧、なんとその正体は? サイバー監視で『水滸伝』的物語が成立しなくなった中国

 下記は、2018.1.22 付の JBpress に寄稿した、安田 峰俊 氏の記事です。

   安田 峰俊

   (やすだ・みねとし)ルポライター、多摩大学経営情報学部非常勤講師。 1982年滋賀県生まれ。立命館大学文学部史学科東洋史学専攻卒業後、広島大学大学院文学研究科修了。当時の専攻は中国近現代史。一般企業勤務を経た後、いくつかの職業を経て文筆の道に。著書に『和僑』『境界の民』(KADOKAWA)、『野心 郭台銘伝』(プレジデント社)のほか、編集・構成を担当した『だまされないための「韓国」』(浅羽祐樹・木村幹著、講談社)を2017年5月9日に刊行。

                       記

 中国四大奇書『水滸伝』に登場する花和尚・魯智深(ろちしん)をご存知だろうか? 俗名を魯達といった彼は、貧民をいじめる悪徳長者・鎮関西を義憤のあまり殴り殺して逃亡。官憲をあざむくために出家して法名魯智深を名乗り、やがて梁山泊に入って六十二斤の鉄禅杖を振るい獅子奮迅の大活躍をするようになった――。という話である。魯智深のキャラクターは、前近代の中国で寺院が前科者の経歴ロンダリングの場になっていた事実を反映したものらしい。

 そして、実はこういう話は北宋時代から約1000年を経た現代でも相変わらず存在する。今年(2018年)1月、広東省広州市番禺区の公安局が長年にわたり追い続けていたニセ和尚を、江蘇省宿遷市泗陽県まで出向いて逮捕したのだ。彼の名は力天佑といい、16年前に番禺区内で強盗殺人を犯し逃亡。世を忍ぶ仮の姿として僧侶に身をやつしていたのであった。

 力天佑は広州きってのお尋ね者の1人であり、2012年に広州市公安局が指名手配犯の顔写真を使って作成した「この顔見たら110番トランプ」でハートの5番を与えられたほどの札付きだった(なお、このトランプは米国がイラク戦争中にサダム・フセインをジョーカーとして作成した「お尋ね者トランプ」にアイディアを得たそうである)。

極秘潜伏したつもりが名僧になってしまった

 広州の地元紙『金羊晩報』ウェブ版によると、力天佑は2002年に事件を起こした後、広東省内や雲南省など各地の寺に身を隠しながらお上の追跡を振り切り、ついに泗陽県の田舎寺に身を落ち着けたのだという。

 力天佑は2011年にはニセ身分証の入手に成功し、河北省籍の楊某なる人物に成りすますことに成功。やがて、偽りとはいえ長らく仏道に身を投じるうちに僧侶としての立居振る舞いが堂に入り、2014年にはこの田舎寺の住職に就任してしまった。

 地元の人の話によれば、力天佑──もとい楊和尚は按摩や鍼灸に長じ、近隣住民の心身の患を取り除いて「優しい和尚様」として大人気となって、信仰を一身に集めていたという。寺院には賽銭が山と積まれ、荒れ放題だった伽藍も修理されて、有徳の名僧・楊和尚を慕う弟子が引きも切らずやってきていた。

 だが、地元の仏教界でも一目置かれた楊和尚には奇妙なこだわりがあった。彼は大規模な法要や会議などに決して参加せず、記念写真も拒否。どうしても写真に写らなくてはならないときは下を向いて顔を隠すのが常だったのだ。インターネットも決しておこなわず、俗界の情報は高弟たちを通じてのみ得るようにしていた。

いったんは逃亡するも・・・

 一昔前であればそのまま逃げ切れたはずの力天佑が捕まった理由は、いかにも現代中国的だった。2016年9月、番禺区の公安局はビッグデータを用いたデジタル捜査によって、江蘇省の名僧・楊和尚の正体を突き止めたのである。

 中国では全国民が顔写真入りのIDカードの作成を義務付けられており、相当な分量の顔写真が当局のデータベースに保存されているほか、これに紐付けされた銀行口座や携帯電話番号なども一括して把握されている。また、中国全土をオンラインでカバーする監視カメラと、顔認証技術をはじめとした最新のテクノロジーが、「維穏」(社会の治安維持)を名目に当局側によって大いに活用されている。

 警察側はどうやら顔認証技術や弟子の携帯電話の情報などを通じて、過去の来歴が杳(よう)として知れぬ江蘇省の名僧が、16年前に罪を犯した力天佑であると特定したらしい。

 だが、番禺区の公安局員が江蘇省泗陽県へ捜査に向かったところ、力天佑は寺院を逃亡したあと。逃亡中の彼は1人の弟子を除けば従来の知人とのかかわりを一切断ち切り、当初は半年間にわたり車上生活を続け(監視カメラの追跡を逃れる目的と見られる)、やがて下町の一角にひそむようになったという。だが、警察側はその後も粘り強い捜査を続け、2018年1月に現金70万元とともに隠れ家に潜伏中の力天佑をついに捕まえたのだった。

『水滸伝』vs中国共産党スカイネット計画

 似たような事件は昨年8月に浙江省でも報じられている。1990年、上海でフルーツ屋を営んでいた張某という人物は来客と口論となり、店内にあった包丁で衝動的に相手を刺殺。そのまま店と家族を捨てて逃亡し、行方不明となっていた。張某は指名手配を受けたものの、捕まらずにまんまと逃げおおせ、後に内モンゴルで事実婚をして子どもまで作っていたという。

 やがて張某は2014年、ある寺を参拝した際に往年の悪行を悔いるところがあり、一念発心して剃髪。その後は行雲流水のごとく流浪して道を求める遊行僧として、山西省・江西省・四川省などの小寺院を数カ月ごとに移り歩く生活をおこなっていた。

 ところが昨年6月、捜査当局はこの遊行僧が27年前の殺人犯であることを突き止め、浙江省台州市の白雲山の寺院にいた張某を逮捕。捕吏が踏み込んだ時、この遊行僧は只管(ひたすら)に南無阿弥陀仏を唱えて念仏看経し、ついに自身が張某であるとは認めなかったというが、やがて取り調べで罪を認めたという。

 公安側がいかにして27年前の殺人犯を特定したかは報じられていないが、やはり近年の中国の犯罪者特定システムによって判明したと考えるのが自然だろう。

 いまや中国は国民のデータベース化に加え、全国に1億7000万台の監視カメラが設置されたサイバー監視大国となっている。監視カメラのうち2000万台は顔認証機能で指名手配中の犯罪者を自動認識するアプリが組み込まれた最新型だ。

 2015年ごろから整備されるようになったこの徹底した犯罪者追跡システムは「天網工程(スカイネット計画)」と呼ばれている。犯罪者が出家して僧侶になることで過去をごまかす手法も、いよいよ通用しなくなってきたというわけだ。

 昨年末にはBBCの記者が貴州省貴陽市の公安局でハイテク制御室を取材した際に、このスカイネットの性能がどれほどか試す企画をおこなったところ、犯人役の人物が「逃亡」してからわずか7分間で居場所を突き止められてしまったことが報じられた。

 1000年の時間を経ても中国の民間社会に残り続けた『水滸伝』的伝統も、サイバー監視の徹底によってついに終わりを迎えるのか。中国の変化がはじまりつつある。

 http://jbpress.ismedia.jp/articles/-/52124

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