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2018年01月13日18:17

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ツィマーマン:シューベルト《ピアノ・ソナタ D959 & D960》

【収録曲】
 シューベルト
1 ピアノ・ソナタ 第20番 イ長調 D959
2 ピアノ・ソナタ 第21番 変ロ長調 D960

クリスティアン・ツィマーマン(pf)

2016年1月,柏崎市文化会館アルフォーレ(セッション)
DG 497588


今回,取り上げるのは去年の9月にリリースされたツィマーマンのCD。シューベルトが亡くなる年に書いたピアノ・ソナタ2曲が収録されている。そのセッションが行われたのは,昨年の冬の真っ盛り,3メートルの雪に見舞われた新潟県の枕崎である。

25年ぶりに発売された新譜は,このピアニストらしい峻厳さが特徴。シューベルトがみつめていた人間存在の深淵を,ツィマーマンも作曲家と同じ目線で見つめているかのような演奏だ。ただし,シューベルトがブラックホールのような漆黒の闇を子供のような無邪気さで眺めているのに対し,ツィマーマンはそのブラックホールに吸い込まれてしまわないよう全身全霊で踏み止まりつつ,目を凝らしているような印象である。奈落の底に吸い込まれないよう抗う姿勢が,このCDに収められた演奏の緊張感の源になっている。まるで,これら2曲のソナタを演奏することが,重力崩壊が生み出した空間の途方も無い引力に対抗する唯一の方法であると言わんばかりに。だからツィマーマンの演奏には,シューベルトの音楽が持つ死の気配と同化するある種の不健康さはない。

ツィマーマンの研ぎ澄まされた美音,意思の力でコントロールされた水晶のような硬質な響きも,彼の演奏に凛とした健康的な印象を与えている。このCDは宇宙の漆黒の闇を背景に明滅する星を思い起こさせる。無数の星の瞬きが,シューベルトの調べを奏でているようだ。宇宙の中には光さえも飲み込むブラックホールが数多く存在することは承知しつつも,ツィマーマンは星の輝きの美しさに魅せられ,それをシューベルト晩年のソナタに託しているかのようにもきこえる。

このディスクが届いた当初,ツィマーマンが弾くシューベルトに少なからず違和感を覚えた。ブレンデルや内田光子のシューベルトに長く親しんでいたため,ツィマーマンのシューベルトが持つ張りつめた印象や透明で硬いピアノの響きに軽い拒絶反応を覚えた。しかし,いまでは彼の演奏に人間的な温もりのようなものさえ感じるようになった。中越地震に襲われた翌年に柏崎でリサイタルを開き,地震からの復興のシンボルとなるこのホールで再びコンサートを催すことを約束し,それを果たしたこのピアニストの温かさのようなものが彼の演奏から伝わってくる。繰り返し聴いているうちに,ツィマーマンの内面に同化してしまったからだろう。

情緒的なことばかりを書き連ねてしまった。レビューを書くのが遅すぎたことも,その一因だと後悔している。このディスクを買ってから長い時間が経ち,その間数え切れないほどこのCDを聴いて馴染み過ぎてしまった。いまでは自分の一部になり,客観的に書くのに必要な距離が取れない。でも,たまには対象べったりの感想もやむを得ないか。

このディスクのライナー・ノートに掲載されたツィマーマンへのインタビューで,シューベルト晩年のソナタの次は,ベートーヴェンの後期ピアノ・ソナタを録音したいとの意向をほのめかしている。あと25年待てと言われると困るが,そのうちツィマーマンがベートーヴェンの後期ソナタのCDを出してくれるのを楽しみにしよう。


<追記>
まだ取り上げていない演奏会について,ごく簡単に触れておく。

まず,古楽アンサンブル,アントネッロの演奏会(11月25日,ふきのとうホール)。�霤痛�通,石川さおり,西山まりえの3人が,「笛の楽園」(ヤコブ・ファン・エイク),「エセックス伯のガイヤドル」(ジョン・ダウランド),「ヒューム大尉のパヴァーヌ」(トバイアス・ヒューム)などを演奏した。ほぼすべてが初めて聴く曲で,コメントのしようがないが,腰を据えて聴くと面白い作品だろうと思った。演奏も悪くない。これからこの演奏団体には注目。

エマニュエル・パユとエリック・ルサージュのリサイタル(12月5日,札幌コンサートホール)も,さすがと思わせる演奏だった。しかし,いかんせん知らない曲目ばかり(シューベルトの「『しぼめる花』の主題による序奏と変奏曲」,ドビュッシーの「ビリティス」,プーランクの「フルート・ソナタ」など)。この日は吹奏楽でフルートを吹いていると思しき中学生,高校生,そのOG・OBが大勢来場していて,普段とは雰囲気が違う。彼らにとって,パユはアイドルなんですね。

ワルシャワ国立フィルハーモニー管弦楽団のコンサート(1月8日,札幌コンサートホール)は,採算ベースに載せることを最優先にしたような内容。ニューイヤー・コンサートと銘打って,プログラムはパデレフスキの「序曲」,ショパンのピアノ協奏曲第1番,ドヴォルザークの「新世界より」の人気曲が並び,ピアノ独奏は牛田智大。オーケストラはショパン・コンクールのファイナルでピアノ・コンチェルトの伴奏を務めるだけあって練り上げられ尽くした演奏だ。東欧の泥臭さは微塵も感じさせない洗練されたショパンは意外だった。牛田智大は人間の内面で渦巻く情念を全く理解していない形の整った表面的な演奏で,この演奏を聴く限り,本来の意味でのショパン弾きには遠く及ばない。
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