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2017年12月13日00:03

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悪魔を憐れむ歌

 それから、先の事は、あらゆるこの種類の話のように、至極、円満に完(おわ)っている。即(すなわち)、牛商人は、首尾よく、煙草と云う名を、云いあてて、悪魔に鼻をあかさせた。そうして、その畑にはえている煙草を、悉く自分のものにした。と云うような次第である。

が、自分は、昔からこの伝説に、より深い意味がありはしないかと思っている。何故と云えば、悪魔は、牛商人の肉体と霊魂とを、自分のものにする事は出来なかったが、その代(かわり)に、煙草は、洽(あまね)く日本全国に、普及させる事が出来た。して見ると牛商人の救抜が、一面堕落を伴っているように、悪魔の失敗も、一面成功を伴っていはしないだろうか。悪魔は、ころんでも、ただは起きない。誘惑に勝ったと思う時にも、人間は存外、負けている事がありはしないだろうか。


― 芥川龍之介「煙草と悪魔」より ―


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