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2017年11月28日16:45

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【解説】マツダ787/787B(1990〜1991)

マツダ・スピードは1982年から施行されたグループCカーによるルマン24時間耐久レースに、翌83年からグループCジュニア(後にC2に改名)マシンの717C〜737Cをで参入、スポーツカーレースの経験を積み、86年には上位カテゴリーでの総合優勝を目指しステップアップするためのニューマシン『757』を投入しました。

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マツダ757

エンジンは新開発の3ローターエンジンである13G型(→R20B)を搭載。
しかしこのエンジンは最高出力が450psに過ぎず、グループC1規定ではポルシェやジャガーといったトップコンテンダーには到底太刀打ちできないため、レギュレーションによってロータリーエンジン車の最低重量が50kg軽く設定されていたIMSA−GTP規定に基づいて製作されました。

マシン設計はイギリスのGTIエンジニアリングでポルシェ956GTIや962GTIを開発したナイジェル・ストラウドが担当しました。

モノコックは彼のポルシェ開発の経験に基づき設計されたアルミハニカムモノコックで、サイドラジエターのレイアウトなどもポルシェに共通する部分です。

ボディはルマンに焦点を絞ったロードラッグ仕様で、日本とイギリスの風洞を使用して設計され、空力性能は当時の962Cよりも良好だったと言われています。

サスペンションは前後ともダブルウィッシュボーンでフロントはプルロッド式、リヤはベルクランク式となっています。

トランスミッションは717C〜737Cでオーバーヒートが発生していたヒューランド製をあきらめ、ポルシェ956/962用のシンクロ付き5速ミッションに自社製のディファレンシャルハウジングを組み合わせたものを採用しました。

ルマン24時間には3回出場し、87年と88年にはIMSA−GTPクラスで優勝しています。

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マツダ757E

87年には4ローターエンジン開発用として757Eが製作されました。
13J型エンジン搭載に合わせてホイールベースが延長されていました。

このマシンで開発された4ローターエンジン専用に設計された767が88年に投入されました。

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マツダ767

設計は引き続きナイジェル・ストラウドによるもので、アルミハニカムモノコックも新設計となっています。

クラスは引き続きIMSA−GTPとなっています。

このマシンからはより高いダウンフォースを得られるようにロングノース/ショートデッキのスタイリングが採用されています。

トランスミッションは引き続きポルシェ/マツダの5速。

13J改エンジンは補機類の見直しで全長が短くなり、剛性アップのためアルミハニカムでサンドイッチされた構造となり、トルクアップのためエキゾーストパイプが長く採られていました。

88年のルマンではラップタイムで757を10秒以上上回る速さを見せたものの、エキゾーストパイプが破損するトラブルに見舞われ、クラス2、3位に甘んじました。

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マツダ767B

89年には進化型の767Bが投入されました。

このマシンからエキゾーストパイプは右側のサイドエキゾーストへ変更、13J改改エンジンは初めて可変吸気機構を採用。
これは中回転域と高回転域で吸気管の長さを切り替えるもので、高出力と低中速域のトルクを両立しています。

最高出力は550psから630psへ向上、89年のルマンではIMSA−GTPクラスの表彰台を独占しました。

1990年のルマンではニューマシン787のバックアップカーとして1台が参戦、リタイヤした787に代わって唯一生き残り、クラス優勝を確保しました。

マツダは1990年に向けてよりハイパワーのマシン、787を投入しました。

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マツダ787

ナイジェル・ストラウドが設計した新しいモノコックはカーボンファイバー製。
ボディは低ドラッグ/ローダウンフォース仕様で、最高速を重視したためナロートレッド仕様となっています。

またラジエターはサイドからフロントへ移設され、これによって重量配分が最適化されています。

マシンは引き続きIMSA−GTP規定に基づいて設計されましたが、最低重量の800kgに対して僅かに重い830kgで完成しました。

エンジンは新設計のR26B型4ローターエンジンです。

エンジンの名称はレース用を示すR、排気量(2616cc)とローターとハウジングの寸法の基本となった13B型から名づけられています。

このエンジンは当初800psを目標にされており、そのためには常用10000rpmを実現する必要がありました。
しかし10000rpmで24時間の連続走行に耐えられる設計のトランスミッションが当時存在しなかったため、レブリミットは9000rpmに設定され、最高出力は700psとなりました。

このエンジンには進化した可変吸気機構が採用されており、有効出力範囲において500rpm毎に吸気管の長さを調整出来るように改良されています。

この他3プラグ化、ペリフェラルポート、セラミック・アペックスシールの採用などで出力/トルクの向上と燃費の向上、レスポンスアップが図られていました。

トランスミッションは変わらずポルシェ/マツダ5速です。

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しかし787は開発が遅れ、一度も実戦を走ることなくルマン24時間へ出走することになります。

加えてこの年からユーノディエールに2カ所のシケインが設置されたため、前年までのデータに基づいて設計された787のボディでは絶対的なダウンフォースとコーナリング性能が不足していたため、予選から低迷してしまいます。

決勝でも熟成不足のためか、エンジンブローと電気系のトラブルによって2台ともリタイヤとなってしまいました。

1991年、WSPC世界スポーツプロトタイプカー選手権がSWCスポーツカー世界選手権に改名、ルマン24時間へ参戦するためにはSWC全戦へエントリーすることが条件となったため、マツダはフランスのオレカにマシンを1台供与してシーズンエントリーを確保、日本国内で開催された鈴鹿とオートポリスではマツダスピードが運営し、残りのレースではオレカのコントロールで出場しました。

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マツダ787/91

8戦中5戦で使用されたのは、前年型をベースに改良された787/91です。

このマシンは改良されたR26Bエンジンやワイドトレッドサスペンション、18インチホイールなど、後述する787Bで採用されたパッケージが盛り込まれていました。

ルマン24時間では従野孝司/寺田陽次郎/ピエール・デュドネの3人のドライブで総合8位に入賞しました。

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マツダ787B

本当の91年仕様である787Bは、新しいルマンのレイアウトに対応するため、高いダウンフォースを発生させるボディと、コーナリング性能向上のためのワイドトレッド化、18インチホイールの採用など、多くの改良が加えられました。

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当初はデイトナ24時間への遠征が予定されていましたが、湾岸戦争の影響でキャンセルされ、4月のSWC開幕戦鈴鹿で実戦デビューしました。

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R26Bエンジンは可変吸気機構が無段階調整のリニア式になり、ドライバビリティが向上、コンピューター制御の改良と併せてよりきめ細かな制御が可能となっていました。

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フロントラジエター方式のカーボンモノコックは変わらず、787Bではエンジン上部に加えて下部にもストラットを追加し、元々ねじれ剛性の低いロータリーエンジンをストレスメンバーとして使うための工夫が施されています。

トランスミッションはポルシェ製のシンクロ付き5速ミッションを上下逆さまに配置、ディファレンシャルはオリジナルのケーシングにポルシェ製のパーツを組み込んだもの。

これは757以来変わっていない部分です。

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91年のSWCにおいては、3.5リッターNAエンジン、最低重量750kg、燃料総量制限なしのカテゴリー1が主役であり、旧規定のカテゴリー2マシンは最低重量が1000kg(ポルシェ962Cは950kg)とかなりのウエイトハンデが設けられていました。

787Bもクラス分けの上ではカテゴリー2に分類されていましたが、マシン自体はIMSA−GTP規定のままで設計されていました。

前年からルマンで勝つための策として、経験豊富なジャッキー・イクスを招へいしていたマツダは、このイクスやマツダのディーラーを経営していたトム・ウォーキンショー、故・大橋孝至らの働きかけや、90年の成績が低迷していたこともあって、ロータリーエンジン車の最低重量は+30kgの830kgに決定されていました。

しかし前述の通り、元々787は830kgで完成していたため、実質的な重量増はありませんでした。

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迎えたルマン24時間では、完走できる見込みのないカテゴリー1のプジョー905が予定通りリタイヤし、圧倒的な速さを誇るメルセデスベンツC11と前年の優勝車ジャガーXJR−12が上位に進出、それをマツダが追う展開に。

中盤、2台のメルセデスがトラブルで後退、ジャガーに割って入った55号車が4番手を走行、早朝にはジョニー・ハーバートが2スティント連続でドライブしてペースを上げ、ジャガーを振り切って単独2位へ浮上します。

2位へ浮上した55号車に対して、ジャッキー・イクスがさらに1秒のペースアップを指示、これに合わせてトップを行く1号車メルセデスも55号車との間隔を維持しようとハイペースを維持しようとしました。

その結果からか、6月23日12時54分、ユーノディエールからスローダウンしていた1号車メルセデスが緊急ピットイン。

元々オーバーヒート気味だった1号車C11はウォーターポンプのトラブルで万事休す。

この時点で55号車がトップへ浮上、18号車が6位、56号車が8位につけ、2〜4番手を走行するXJR−12は燃費が苦しくなってペースを上げることが出来ないまま、16時のチェッカーを迎えました。

こうしてマツダは日本車初のルマン24時間耐久レース総合優勝を達成、同時にこれはカーボンブレーキ搭載車によるルマン初制覇でもありました。

この結果、787Bー002はルマンを最後に引退することになりました。

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787B−003号車

これを受けて残りJSPCを戦うために3台目の787Bが製作されました。

軽量化のためヘッドライトを廃止し、センターのエアインテーク両端にドライビングランプを設置(富士1000kmのみ通常のヘッドライト付きカウルで出走)、ラジエターの小型化、スプリントレース用の大きな翼端板、リヤスパッツの採用などが行われました。

また91年シーズン中にはアクティブサスペンションの開発にも使われ、そのマシンは787Cと呼ばれました。

☆1991マツダ787B 車両諸元
全長:4782mm
全幅:1994mm
全高:1003mm
ホイールベース:2662mm
トレッド(F/R):1534/1504mm
車両重量:830kg

エンジン型式:R26B
エンジン形式:4ローターロータリー自然吸気
総排気量:654cc×4(2616cc)
最高出力:700ps/9000rpm
最大トルク:62kgm以上/6500rpm

トランスミッション:ポルシェ/マツダ5速Hパターン

ステアリング形式:ラック&ピ二オン

サスペンション:F ダブルウィッシュボーン/プルロッド式インボード
        R ダブルウィッシュボーン/ベルクランク式インボード

ブレーキ:ブレンボ製カーボンベンチレーテッドディスクブレーキ

タイヤ:F 300/640R18 ダンロップ
    R 355/710R18 ダンロップ



https://www.youtube.com/watch?v=81zhOQ5PvaE

2011年ルマン


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