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2017年11月18日17:39

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ギル・シャハム&ネルソンス・BSO

【プログラム】
 1 チャイコフスキー: ヴァイオリン協奏曲 ニ長調 op.35
       ***** 休 憩 *****
 2 マーラー: 交響曲第1番 ニ長調「巨人」

(アンコール)
 J.S.バッハ:”無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第3番BWV.1006ホ長調”より
                     第3曲「ガボット」(ヴァイオリン独奏)
 ベートーヴェン:劇音楽「エグモント」序曲(管弦楽)

 ギル・シャハム(ヴァイオリン)
 ボストン交響楽団
 アンドリス・ネルソンス(指揮)

2017年11月5日(日),15:00開演,ミューザ川崎シンフォニーホール


ギル・シャハムの独奏によるコンチェルトが聴きたくて,この演奏会へ出かけた。彼のリサイタルは以前聴いたことはあるが,オーケストラとの共演を聴くのは今回が初めて。これまでの経験から,リサイタルを聴いて感銘を受けても,協奏曲の演奏で失望することが少なくない。なので出かけるまでは一抹の不安があった。

ところが心配は全て杞憂に終わり,蓋を開けてみるとコンサートはギル・シャハムの独擅場だった。彼の傑出した音楽的な才能のせいだろう。指揮者やオーケストラがソリストのサポート役に徹していた点を割り引いたとしても,ヴァイオリン・ソロとそれをサポートする側の間には,音楽的な力量に関して圧倒的な落差があることは間違いない。それは,この日,演奏されたチャイコフスキーとマーラーを比べても,一耳(目)瞭然である。

チャイコフスキーのヴァイオリン協奏曲は,度肝を抜かれるくらいユニークな演奏だった。ロシア風のメランコリーなどという,この作曲家に対する既成概念を根底から覆してしまうほどの革新的な解釈と表現である。幸せな気持ちが心の底から次から次へとこみ上げてくるようなユーフォリア(多幸感)に満ち満ちた演奏だ。だが,これほど画期的な演奏であっても,さほど大きな違和感を抱かせず,返ってチャイコフスキーにもこういう側面があると思わせる説得力は並大抵ではない。たしかに,それは力業なのだが,それを自然なことのようにみせる力量は非凡である。

もう一つギル・シャハムの非凡さを見せつけられたことがある。れっきとした指揮者がいるにもかかわらず,演奏全体をリードしていたのはヴァイオリン独奏者だった。コンチェルトを演奏する場合,指揮者やオーケストラはソリストに最大限寄り添うことは珍しくはないが,独奏パートを弾きながらオーケストラをぐいぐい引っ張ってゆくこことはざらにあるわけではない。しかも,演奏が進むにつれ,ギル・シャハムはオケを自分のペースに引き込むだけでなく,オーケストラを煽りに煽り,そしてオケの発するエネルギーをヴァイオリン・ソロの原動力に変えているようにも見えた。

ヴァイオリン独奏のこのようなアプローチが大成功を収めた一因は,音色面でのソリストとオーケストラとの相性の良さがあったからだろう。BSO歴代の音楽監督にフランス出身の指揮者が何人かおり,フランスで学んだ演奏家を楽団員に採用するなど,アメリカの楽団としてはフランスの伝統を守る姿勢が比較的顕著である。あの極上の天鵞絨のようなオケのサウンドとギル・シャハムの明るく甘美なヴァイオリンが生み出す相乗効果は,天上の音色とでも呼びたくなるほどだ。巧まずして聴く者を夢見心地に誘う魔法の音色である。

演奏会の後半,マーラーの交響曲第1番「巨人」で,アンドリス・ネルソンスが演奏の主導権を握ると様相は一変する。指揮台の上に,突如として北欧神話の巨人が登場したかと思うほどマッチョなマーラーになる。もちろん,この作品にはそのような一面があることは間違いないのだが,それと同時に繊細な一面をも備えたシンフォニーでもある。そして,マッチョとデリケートさがシームレスにつながっていて,曲が進むにつれ双方を自在に行き来するというのが,この作品の特色の一つだと思うのだが。剥き出しのパワー一辺倒の「巨人」では,熱した気持ちも醒めてしまう。BSOの美音も何処へやら,味わい深さの希薄な演奏に終始した。ネルソンスはまだ若すぎるのかな。

結果的には,チャイコフスキーとマーラーを組み合わせプログラムではなく,チャイコフスキーとショスタコーヴィチ(交響曲第11番「1905年」)の組み合わせを選ぶべきだったようだ。ショスタコーヴィチだったら,満足していたような気もする。

今回はミューザ川崎シンフォニーホールの優れた音響効果が強く印象に残った。これまでミューザ川崎で何度かコンサートを聴いたことがあり,このホールが国内でも屈指の響きの良さを誇ると言われていることは知っていた。ただ,そうした評判を実感したことは,正直なところなかった。でも,ギル・シャハムとBSOによるチャイコフスキーを聴いて,このホールの傑出した音響に得心が行く。

音は拡散し過ぎることはなく,音像が比較的明瞭である。なんとも言えない清澄な響きが魅力的な演奏会場だ。おそらく,今回このことを実感したのはギル・シャハムとBSOのコンビが作り出す極上のサウンドで,技術的にも傑出した演奏だったためだと思う。マーラーの「巨人」では,この感激が退いて行ったが。

演奏会が終わった後,ふと気付くと来年6月に開催されるギル・シャハム&江口玲のリサイタルに行こうかとぼんやり考えていた。彼のヴァイオリンが奏でる音楽を浴びる値は,まだ十分にあるような気もする。
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