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2017年11月02日12:32

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昨日紹介した、中島岳志著『親鸞と日本主義』の序章「信仰と愛国の挟間で」のなかに次のような一文が書かれていた。

「ある日のこと。私は大阪・梅田のかっぱ横丁を歩いていた。ここは十数件の古本屋が連なっており、私は足しげく通っていた。中でも�猯損廓餃瓩呂�気に入りで、週に二、三度は必ず立ち寄り、棚の変化をチェックした。当時は、ここから徒歩五分の中津に本店があり、時間があるときはそちらにも足を伸ばして、本を漁った。私はこの店で思想を学んだといっても過言ではない。」

わたしもここに書かれている�猯損廓餃瓩箸いΩ屠棆阿紡�しげく通い、本を漁っていた。わたしが懐かしいなと思ったのは�爐海海�ら徒歩五分の中津に本店があり�瓩箸いΠ貔瓩如�中津にも�猯損廓餃瓩遼榲垢�あった時期もあるのだ。

わたしが�猯損廓餃瓩箸いΩ屠棆阿遼榲垢�梅田のかっぱ横丁ではなく、かっぱ横丁の道を隔てた、ボクシングジムが入っていたビルの二階にあるということを知ったのは、大学の四回生の頃だったと思う。哲学科の友人に�猯損廓餃瓩量槝燭鬚發蕕ぁ△修里覆�に「西哲叢書」の佐藤省三著『コーヘン』 (1948年)の記載があったからである。

わたしは友人に�猯損廓餃瓩量槝燭鬚發蕕辰燭修瞭�のうちに�猯損廓餃瓩帽圓�、「西哲叢書」の佐藤省三著『コーヘン』をたしか4500円だったと思うがそんな値段で購入した覚えがある。

ヘルマン・コーヘンは、新カント派マールブルク学派の創始者で、ヘーゲル哲学後の一時期、ドイツ哲学界の主流となった学派であったが、現象学や実存哲学といった哲学が主流となり、日本ではほとんど研究書もなかった。当時、わたしはカント哲学を専攻し、高坂正顕氏の『カント』『カント学派』などを読んでいたので、新カント派の哲学には関心があった。そして「西哲叢書」自体にも関心があったので、なんとか手に入れたい一冊であった。というのも、大谷大学の図書館にはなかった一冊でもあった。

そんな経緯でわたしも�猯損廓餃瓩砲和�しげく通った。今は�猯損廓餃瓩遼榲垢狼�都に移り、中津にはなくなった。わたしは中津以前の�猯損廓餃疔榲垢鮹里辰討い訖�少ない�猯損廓餃畤�奉者の一人かもしれない。たしかに�猯損廓餃瓩呂いづ�学書、思想書が棚に並んでいた。

二十歳時代の中島岳志氏は、わたしと同じことをしていたんだと思うと不思議な気もする。ただ中島岳志氏は学生時代の頃であるが、わたしの場合は、会社勤めをしていて大学から離れた後のことであるが。しかしあの�猯損廓餃瓩量擬租�な本棚は忘れられない。
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