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2017年10月28日23:00

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白井光子&ハルトムート・ヘル《ドイツ歌曲をうたう》

【プログラム】
 F.シューベルト
1 野外で D.880(ザイドル)
2 おとめ D.652(シュレーゲル)
3 孤独な男 D.800(ラッペ)
4 彼女がここにいたことは D.775(リュッケルト)
5 鳩の便り D.957-1(「白鳥の歌」より,ザイドル)
 R.シューマン
6 くるみの木 op.25-1(「ミルテの花」より,モーゼン)
7 出会いと別れ op.90-3(「6つの歌」より,レーナウ)
8 ひそやかな愛 35-8(「12の詩」より,ケルナー)
9 においすみれ op.40-1(アンデルセンより,ドイツ語訳)
10 魂に近く op.77-3(「リートと歌」第3集,ハルム)
*****休憩*****
 J.ブラームス
11 夜鳴きうぐいす op.97-1(「6つの歌」より,ラインホルト)
12 すばらしい夜 op.59-6(「リート歌 第1集」より,ケルナー)
13 セレナード op.106-1(「5つの歌」より,ターグラー)
14 ひばりの歌 op.70-1(「4つの歌」より,カンディードゥス)
15 我らはさまよった op.96-2(「4つの歌」より,ダウマアー)
 H.ヴォルフ
16 眠りなきものの太陽(バイロン)
17 4月黄色の蝶(メーリケ詩集)
18 棕櫚の梢にただよう天使よ(「スペイン歌曲集」より)
19 私の髪のかげに(「スペイン歌曲集」より)
20 ミニヨン「君よ知るや南の国」(ゲーテ)

(アンコール)
 R.フランツ: 美しい五月には op.25-5(ハイネ)
 R.シューマン: 美しい五月には(「詩人の恋」より,ハイネ)
 R.シューマン: 献呈(「ミルテの花」より,F.リュッケルト)

2017年10月20日(金),19:00開演,ふきのとうホール


ようやく,白井光子のリサイタルを聴くことができた。地元で聴く機会があれば逃すまいと,目を光らせていたつもりだった。でも,知らないうちにリサイタルを聴くチャンスを逃していたのだろう。

予想していたとおり,とても良いリサイタルである。そして,以前から考えていたとおり,彼女が歌うリートはもっと早くに聴いておくべきであったと痛感した。2006年にギランバレー症候群を患い,2年後に復活を果たしたとはいえ,難病を完璧に克服したとは言い切れないのではないか。病魔に加え,身体を楽器とする声楽家にとって,加齢に伴う身体的な衰えは如何ともし難い。病気や年齢から生じる影響を豊富な経験や優れた技量などで,どこまでカバーできるかという試みだったのかもしれない。

歌唱の3分の2近くは,地声で歌っているように聞こえた。残りの3分の1はリートらしい張りとツヤのある歌。低い声域では,張りとツヤのある声で歌うのが難しそう。白井光子はメッゾ・ソプラノで,声質はドラマティコというよりリリコなので,以前からこうした傾向はあったのではないだろうか。ただ,地声と歌声のギャップが大き過ぎると感じた。これは声にパワーが足りないからだ。そのパワー不足をテクニックで補っているという面は確かにあるのだが,パワーの絶対量が不足気味である点は如何ともし難く,それが声に張りとツヤがないと感じさせる最大の要因である。

作品のメッセージを伝えることが,リートでは最も重要であることを彼女のキャリアとテクニックで示したといえよう。彼女がステージに立ち続けている理由である。発声に難があったり声のコントロールが不安定であっても,作曲者が作品に込めたメッセージを伝えることができるという信念が彼女を支えていたようにみえる。そのことを最も強く感じたのは,アンコールの最後に歌ったシューマンの「献呈」。リサイタルが最終盤を迎え緊張が緩み,体力や気力を使い果たしたためだろう,ディクションは約束事の束縛から離れ,ピアノ伴奏を置き去りにしてしまうほど自由な歌いぶり。でも,若いシューマンのクララに対する思いが重くなり過ぎることなく表現され,クララとの出会いをもたらした人生に対する感謝の念さえ込められたような歌唱だった。白井光子のリート哲学が端的に表れていた。

また,彼女の実力のほどをまざまざと見せつけられる思いがしたのは,リサイタルの後半でヴォルフの作品を歌ったとき。一瞬にして音楽の密度が増し,その造形が深く複雑になった。ヴォルフをどう歌うかを期待していたが,予想以上の表現力だ。彼女が歌うヴォルフを聴いていると,この作曲家がリートの最高峰を書いたことが納得できる。もし,彼女の全盛期にヴォルフを聴くことができれば,リートがもっと身近なジャンルになっていたに違いない。テクニックや解釈がどうこうというレベルを超えた,このジャンルの魅力を余すところなく伝えるリサイタルである。

ハルトムート・ヘルの伴奏は達者そのもの。あくまでも伴奏者に徹しながらも,柔軟に歌手に寄り添う。バランスや間合いの取り方など,自由であるとともに絶妙だ。年齢の影響が比較的少ないのは器楽奏者の特権だろう。

このリサイタルは,アンコールを含めても正味で1時間あまり。リートのリサイタルとしても短く,おそらく通常の半分程度の長さではないだろうか。体力などを考慮したためだろう。とはいえ,内容的には十分に満足できるリサイタルだった。考えようによっては,病気や年齢のハンディを背負い,時間的にも短いリサイタルで,聴衆をこれだけ満足させるのは,ある意味で驚異的なことだ。
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