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2017年10月04日12:41

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本日で独り暮らしを始めて丸一年になる

本日をもってわたしが独り暮らしを始めて、丸一年になる。

昨年の8月中旬に突然下の妹に、どこか施設に入ってくれと言われて、なんのことかよくわからずに、施設に入るならば、地域社会で人の暮らしをする方がいいと言って、わたしの独り暮らしが決まった。

昨年の今日、10月4日にこのマンションに越してきたのだが、しかしこのマンションの不便さを実感するのは、3、4か月後のことで手漕ぎ車椅子が支給され、手漕ぎ車椅子走行トレーニングを始めようになって仮のことだ。

わたしが独り暮らしを始める直後、「相模原障害者殺傷テロ事件」が起こった。そこには、ナチスの優生思想が根底にあり、�狆祿下圓梁減澆修里發里�社会にとって不幸なことだ�瓩箸い�考え方があった。

わたしはその考え方に必死に抵抗し、否定しようとしたが、もしも障害者の存在が社会にとって不幸なことだというならば、高齢者の存在はどうなるのか。あるいは少子化社会だといいながら、�爛泪織魯�(マタニティ・ハラスメント)�瓩�起こっているにほな社会の在り方はどうなるのか。

つまりこの社会は社会的弱者が自分よりもより弱いものを見つけ、彼らを攻撃する、そんな�猩弔兵匆餽渋き瓩砲覆辰討い襦�そのことはいろんな人がいろんな場面で指摘しているにもかかわらず、社会は政治はその�猩弔兵匆餽渋き瓩鮴Ю気靴茲Δ箸靴討い覆ぁL簑蠅呂修劉猩弔兵匆餽渋き瓩鯡枅Г靴討靴泙ζ�本社会の在り方そのものにあるのだ。

わたしは、一人暮らしを始めた当初、就職だの、電動車椅子だのと、必死に一人相撲を取っていた。その原因はやはり、�狆祿下圓梁減澆修里發里�社会にとって不幸なことだ�瓩箸い�考え方にあった。何とかそのような考え方に抵抗し否定したかったが、よく考えれば、同じ土俵の上で相撲を取っていたことになる。

じゃあ、もしもそれまでに何ら縁がなく就職することができなければ、堂々と生活保護受給者になればいいではないか。生活保護受給者になることに最初は抵抗があったのだが、その抵抗感の根底にあるものはいったい何だろうかと考えるようになった。それはやはり�爐茲蠎匆馘�弱者になることへの恐れ�瓩世辰燭雖犲�分の社会的存在感の喪失�瓩世辰燭蠅靴拭�

しかしそもそも�狎験菠欷郤�給者�瓩箸麓匆馘�弱者なのだろうか、そんな疑問さえ持つようになった。

わたしは今、電動車椅子の試乗を求めている。しかし今の手漕ぎ車椅子で時間はかかろうとも、活動範囲を徐々に広げていければいいだけのことであり、そのためには手漕ぎ車椅子走行トレーニングを続けていくことしかないのである。それによって身体の腕力などをつけていくことが必要なのである。

と、考えれば、あとは自分の意志の強さにかかわってくるだけのことなのである。

とにかく、本日で独り暮らしを始めて無事に一年を過ごすことができた。この間、東京からわたしの様子を見に駆けつけてくれる友人や本箱の整理をしてくれた友人などの多くの人たちに支えがあって、なんとか一年を過ごすことができた。過ぎてしまえば、一年など、あっという間であった。

さて、本日より独り暮らしの2年目に入る。さてどんな時間を過ごすことになるのか、ワクワクしている。
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