「のっぽ」営業終了後に、5人が集まりミーティング。
パートをどうするか話し合った。
タロー「オレはさあ、アマチュアの時から、リード・ギターしかやってこなかったんだよ」
グー「タローがリードかぁ・・・じゃあ、オレはサイド・ギターでいいよ」
よしのり「オレは、ピーさんのドラムをずっと見て勉強してきたから、ドラムしかできないな」
グー「イチはさあ、ベースが一番簡単だから、ベースやればいいんじゃない?」
イチ「ああそう?じゃあベースでいいよ」
アニキ「なんだよ〜、オレがボーカルかい?ジュリーみたいにカッコよく歌えないよ。誰か歌ってよ」
・・・と、まあ、だいたいこんな感じで担当楽器が決まったのだが、実にいいかげんなものだった。
ただの成り行きで、人生は決まってゆく。
ボクの意思とは関係なく、ボーカルにさせられてしまったのだが、ボクはもともと目立つのは大嫌いで、踊りもできないし、そっとサイド・ギターあたりで、歌っていたいというのが本音だった。
数日後に、ボクの住んでいた三鷹にある、長野県の学生寮「千曲寮」に集まり、初めての音出しをしてみたのだが、みんな口ばかりで、ちゃんと楽器を弾けるやつなんて誰もいなかった。
ボクはアマチュアバンドのワイルド・ビーストで、リード・ギターとボーカルをやっていたので、これから、この幼稚園のようなメンバーを、特訓していかなくてはならないと思うと、かなり気が重かった。
そして、こうした練習の積み重ねが数ヶ月・・・。
みんなの演奏技術の向上は驚くほど遅く、亀のようにノロノロとしたものだった。
仕事を終えた「のっぽ」の2階でも、練習は行われていた。
20Wぐらいのミニ・アンプを1台持ち込んで、ドラムは「のっぽ」の丸イスがドラム替わりだ。
これが本物よりもいいハネ感があって、ゴキゲンだった。
ある日の深夜に練習していたら、化粧の濃い女性が入ってきた。
その、はちきれんほどの胸の大きさから、ボクらは「ボインちゃん」と呼んでいたのだが、サリーのファンで、普段から、よく「のっぽ」に来ていた女の子だった。
「ねえ、わたし今度TVに出て歌うかも知れないのよ。譜面持ってきたから、練習で歌わせてくれない?」
ボクらもヘボだから、譜面なんて読めないし、コードぐらいしか弾くことはできなかったが、なかなかいい曲みたいだ。
なにより、ボインちゃんが、ちゃんと歌えるのに驚いた。
それは、「さくら貝を唇にあて 涙そっとこらえているの」という歌詞で始まる「人魚の恋」という曲だった。
数週間後に、彼女は津々井まりという名前で、本当にTVに出ていた。
友だちがTVに映るのを見るのは初めての経験で、何か不思議な感じがしたが、とても嬉しかった。
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