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2017年08月26日18:31

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ARIE ANTICHE ITALIANE(波多野睦美)

【収録曲】
1. アマリッリ(カッチーニ)
2. 愛の神よ,何を待っているのです(カッチーニ)
3. 愛の神よ,あなたは翼を持ち(カッチーニ)
4. あのひとに(チェスティ)
5. 教えておくれ,愛の神よ(ローリ)
6. 勝利だ,わが心よ!(カリッシミ)
7. お前はわたしを苦しめずにいた(カプローリ)
8. そよ風が吹き寄せれば(フレスコバルディ)
9. アリアンナの嘆き(モンテヴェルディ)
10. つれない人よ,たとえあなたが(伝 カルダーラ)
11. 美しき絆よ(ガスパリーニ)
12. 優しき森よ(伝 カルダーラ)
13. 私は心に感じる(スカルラッティ)
14. すみれ(スカルラッティ)
15. もう私を傷つけないでおくれ(スカルラッティ)
16. ガンジス川に昇る太陽は(スカルラッティ)
17. 泣かせてください(ヘンデル)

 波多野 睦美(メゾ・ソプラノ)
 西山 まりえ(バロック・ハープ,チェンバロ,ヴァージナル)
 懸田 貴嗣(バロック・チェロ)
 バロック弦楽アンサンブル

2015年2月18日−20日,風のホール,三鷹(セッション)
Sonnet HMS-004


シューベルトに加え,近ごろシューマン,ヴォルフ,R.シュトラウスなどのリートを聴くことが多くなった。そして,歌曲とは何なのだろうと考えることも増えた。そのことを考える手懸りの一環として,この”ARIE ANTICHE ITALIANE”を聴いてみることにした。波多野睦美のディスクを選んだのは,以前からこのメゾ・ソプラノが気になっていたからである。

「イタリア古典歌曲」とは,19世紀イタリアの音楽学者,アレッサンドロ・パリゾッティなどが,17世紀や18世紀のオペラやオラトリオ,カンタータなどから選んだアリアのアンソロジーをさす。もちろん,このディスクに収められていない曲目も多くある。ところで,国内では声楽を志す学生が,まず最初に取り組むべき歌曲集と位置付けられているらしい。

このCDを聴いて,このアンソロジーに収められた歌劇や宗教曲のアリアが,どうやら歌曲の起源らしいということがわかった。これまで,ドイツ・リートを聴いていて,歌曲とアリアに密接な関連があることをあまり意識したことはなかった。テキストを朗読しているようなドイツ・リートとアクロバテックな超絶技巧を見せびらかすイタリア・オペラのアリアとを結びつけるなど全く思いも及ばなかったからだ。だが,あらためて,このCDをじっくり聴いてみると,リートと17〜18世紀イタリアのアリアが実によく似ていることを発見する。

まず,楽曲の形式の点では,歌詞の冒頭部分や最後の部分を繰り返すダ・カーポ・アリアのような形式が,「イタリア古典歌曲」と「ドイツ・リート」で共通する。テキストの一部を繰り返すことにより強調するという手法自体は,古今東西を問わずによく用いられる歌の普遍的な技法なのだろうが,その繰り返し方は驚くほどよく似通っているのである。

もう一つの共通点は,ディクラメーション。バロック・オペラやベルカント・オペラでは聴衆に目眩を起こさせるヴィルトゥオージティや惚れ惚れとさせる美声が優先され,テキストのリズムやニュアンスを尊重するディクラメーションはなおざりにされてきた節がある。だが,「イタリア古典歌曲」では,素朴ではあるものの,リートに劣らないほど歌詞が大切にされている。そもそも,これはドイツ・リートがイタリアから継承した要素なのではないだろうか。

ところで,この”ARIE ANTICHE ITALIANE”は,波多野睦美がプロデュースしたディスク。古楽が彼女の音楽活動の軸のひとつになっていることなどを考え合わせると,波多野の音楽の原点に立ち返るという意味があったのかも知れない。古楽をレパートリーの重要な一部としていることからも想像できるように,まさに清澄という形容がぴったりの声である。ヴィブラートを排した発声法は,このジャンルにふさわしい発声であるばかりでなく,人の声の美しさを呼び覚ます力を秘めている。

声楽教育のカリキュラムやプロのリサイタルで「イタリア古典歌曲」を取り上げる際,ピアノ伴奏で歌うことが一般的である。これは19世紀のイタリアでこのアンソロジーが編まれた際に,当時,伴奏楽器としてピアノが多く用いられていたという事情が大きいのだろう。それに加え,当時の芸術的な好みに合うようピアノ・パートそのものが改編されていたという。だが,波多野睦美はこのCDを製作するに当たって,各楽曲の原典にまで遡り極力オリジナルに近い楽器編成でレコーディングを行ったとのことだ。そのことが「イタリア古典歌曲」の姿を浮き彫りにする上で大きな効果を発揮しているばかりか,ドイツ・リートへと受け継がれた要素を明瞭に浮き上がらせる結果にも繋がったとみて間違いないだろう。

とはいえ,このレコーディングが行われた場所は,現代の音楽的な嗜好に即した音響効果の音楽専用ホールである。「イタリア古典歌曲」が演じられた劇場や教会とは似つかない音響空間での演奏である。したがって,このCDで歌われるアリアの数々は,現代風のテイストに彩られた歌唱にきこえる。だが,そのことが却ってイタリアの古楽,ドイツ・ロマン派そして現代日本を貫くベクトルを形成しているともいえる。おそらく「イタリア古典歌曲」がそれだけの普遍性を内包しているということであり,演奏者はこのレコーディングを通じてそのことを訴えたかったのかもしれない。やはり声楽の基本なのでしょう。

よく知られた「アマリッリ」に始まり,これまた有名な「泣かせてください」で終わるこのCDの中で1曲お薦めするとしたら,10曲目の「つれない人よ,たとえあなたが」だろうか。ガルダーラが作曲したと伝えられる歌劇「愛の誠は偽りに打ち勝つ」に含まれるこのアリアには,これまで書いてきたことが凝縮されたていると思うから。
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