「わが経営」を語る 星野佳路星野リゾート代表に聞く(3)
――星野リゾートが運営する旅館、ホテルは、他社との違いを出す差別化戦略を追求しています。どこにでもある一般的ないわゆるコモディティ化をしないというわけですね。
我々のような運営会社は施設を所有したい人より少ないと話しましたが、そうは言っても、運営会社は世界にいっぱいあります。それがみんな同じような運営をしているんです。
もしも我々の運営手法が他と同じようなものだったら、投資家が我々を選ぶ理由はないですよね。だから運営手法がコモディティ化するのは非常に問題です。
特に我々が競合するのは、最終的にハイアット、リッツカールトン、ヒルトンといった外資系のホテル運営会社です。外資系運営会社との運営手法における差別化をどうはかるかというのは、我々の戦略の基本なのです。
――やはり社員の意欲が高くないと、特徴を出すのは難しいのでは。
ええ、モチベーションもそうでしょうし、私たちのマルチタスク(多能工化)もそうです。西洋のホテルが絶対にやらない策ということで、やっているのです。
――その一人で何役もやるマルチタスクは米国で学んだのですか、
いいえ、米国には、そういう発想はありません。最初に星野温泉旅館を経営した軽井沢にいて思いついたのです。生産性を高めようとしましてね.
――日本旅館では、例えば番頭さんがお客の出迎えから、部屋の掃除、布団の上げ下ろしなど何でもやりますよね。
軽井沢でマルチタスクを考えついたのは、日本のホテル、旅館には繁忙期と閑散期があるためです。どうなのか毎日決算したら、100日は黒字ですが265日は赤字なんです。
ゴールデンウィークは料金をいくら上げても部屋は埋まります。次の週はどんなに値下げしても入らない。従業員を抱えていますから大変です。
繁閑に効率よく対応する仕組みは、多能工化しかないのです。番頭さんが全部やるのではなくて、全員が全部やるようにするのがマルチタスクです。ひまな日に出社する人数がぐっと減りますからね。
――働く人は抵抗しませんでしたか。
全く無いです。ホテルマンを雇うと抵抗があるんです。新卒者を採れば、全く問題ないですね。旅館の経営で、一つの問題は昼食を出すニーズが無いことです。
レストランの調理スタッフとフロアスタッフは朝と夜しか仕事がないので、中抜きシフトをします。6時に出勤して朝食が終わって9時になると、夕食の仕事が始まる午後4時まで仕事がありません。
その朝9時から夕方4時までは、給料を払えないので、みんな家に帰ってもらって自由時間にします。また夕方4時から働いて11時くらいまでかかりますから、結局、拘束時間が朝6時から夜11時まで滅茶苦茶に長くなります。
それが新卒者を採れない理由なんです。これを止めるには、どうしたらいいのか。朝に来るスタッフは朝食が終わったら、チェックアウトに回る。その後、部屋の清掃をして、午後3時に帰る。8時間労働9時間拘束になります。
夜のシフトのスタッフは午後2時、3時に来て、部屋の清掃、チェックイン、夕食の仕事をして帰るという方式です。
――合理的ですね。他社もまねているのですか。
まねていませんね(笑)。長くホテルにいた人たちが多い会社では、みんな嫌がるんですよ。ホテル内の職種の違いが身分のようになっているためです。
フロント、営業関係は大卒、レストランのフロアは専門学校や高卒、調理は専門職、部屋の掃除は中高年のパートにさせる。何となく身分の違いが染み付いている人に、他の仕事もやってくれと言っても駄目なのです。反対の理由をいろいろ言えますからね。
マルチタスクをまねようとすれば、ものすごく覚悟が要ります。全員をマルチタスクにする覚悟がない限り、非常に難しいです。
――今、大卒を正社員として採用しているのですか。
専門学校も採っていますよ。いろいろなところから採用しています。年齢や学歴に関係なく、すごくフラットに採っています。
ホテルから来る人もいますが、事前にマルチタスクを理解してもらっていますから、問題はありません。
――毎年、どのくらい採用していますか。
新卒は300人くらいです。新しい施設が増えていますし、2018年、19年も新規開業を控えていますから、力のあるスタッフを送り込まなければならないので、人を増やしていかないと。
――リゾートをやりたいと夢を持った人が応募してくるのでしょうか。
どうなんだろう。誰が応募してくるのですかね。
――面接をするのでしょう。
僕は面接を全くしません。グループ人事に完全に任せています。僕は面接で何一つ判断できないので、やる意味があまりないなと思っているんです。
90年代には面接をやっていましたが、いいなと思って採用した人が良くなかったり、駄目だろうなと思っていた人がすごく活躍したりで、短時間の面接で人を評価できないんです。僕は面接のスキルが人より特別に高いわけではないし、得意分野でもないですから。
――何が得意なのですか。
僕が一番得意なのは集客です。新規施設も再生案件も、顧客を集めるのは投資家に対する責任でもあります。そのために何をやるべきかを発想するのは得意です。
あれをやるべきだ、これもやろう、こうすべきだと、追加するのはいいのですが、止めるのは苦手です。でも新しいことに取り組むには、過去のものを止めないと、経営資源がいくらでも要ることになります。ですから何をやって、何を止めるかを決めるのが、組織の中での僕の役割だと思っています。
(次号に続く)
■聞き手 森 一夫:「わが経営」を語る(経済ジャーナリスト、元日経新聞論説副主幹)
1950年東京都生まれ。72年早稲田大学政経学部卒。日本経済新聞社入社、産業部、日経BP社日経ビジネス副編集長、編集委員兼論説委員、コロンビア大学東アジア研究所、日本経済経営研究所客員研究員、特別編集委員兼論説委員を歴任。著書に「日本の経営」(日経文庫)、「中村邦夫『幸之助神話』を壊した男」(日経ビジネス人文庫)など。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20170717-00010001-socra-bus_all
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