親の決めた結婚相手を放り出して家を出た娘が隣町の「若殿様」を射止めた、
と知った祖母の両親はほっと胸をなで下ろし娘の不行跡を許した。
おかげで、祖父と再婚した祖母は大手を振って東京で新婚生活を始められた。
軍隊で異例の出世を遂げていた祖父はかなりの俸給があり、
先妻の両親が孫の先行きを心配して援助を続けたため、
家計に余裕があったので苦手な家事は使用人に丸投げし、
祖母は毎日優雅に今まで行ったことのなかった劇場やデパートに足を運んだ。
と言っても、先妻の息子と華族出身の浮き世離れした姑付きの生活である。
本当なら少々気後れしてもおかしくない環境だが、
気の強い祖母は遠慮なく自分のやりたいとおりに振る舞おうとした。
先ず、母親が亡くなり田舎の祖父母宅で甘やかされ気味に育った先妻の息子には、
甘ったれた根性を叩き直すべくびしばしスパルタ教育を施した。
もともと母親譲りで大人しく気の優しかったその子は完全に萎縮してしまい、
以後、継母には一言も逆らわず息を潜めてひっそりと生きていくことになった。
父親である祖父が息子のために少しは祖母を牽制すれば良かったのだろうが、
祖父には祖母に強く言えない理由があった。曾祖母の存在である。
祖母は曾祖母にも遠慮なく持論を展開しようとしたが果たせなかった。
華族出身の曾祖母は悪気なく「格下」の者と直接口をきく習慣がなかったため、
平民で尚且つ商家の娘である祖母とは全く口をきかなかったので。
結婚相手だった曾祖父ですら「格下」なので対等に口をきかず、
その血をひく祖父はまあ自分の息子なので話すには話したらしいが、
どこか壁のある対応だったため、祖父も端からまともに会話することは諦めていたらしい。
もちろん、曾祖母は「格下」の者とは同席もしなかった。
と言う訳で、曾祖母と祖父そして先妻の息子が座敷で食事をしている時、
祖母は同席を許されず厨の土間で使用人と一緒に食事をとらされた。
この待遇はお嬢様育ちの祖母には大変屈辱だったらしく、
「ボケて下の世話まで わたしがするようになっても未だふんぞり返っていたクソ婆」
と憎々しげに姑の悪口を言うのを何度も聞いたことがある。
別に本当に自分の手で介護をしたわけではなく、
ケアマネージャー的に介護計画をたてて後はいつも通り丸投げだったらしいのだけれど。
祖父の先妻はこの待遇に耐えきれず病気を悪化させたが、
根が丈夫で気の強い祖母は差別されればされるほど意固地になっていった。
「家柄」が良いとふんぞり返っていても、英語も分からないクソ婆。
ろくに学校にも行っていない癖になんで威張り腐るのよ。
わたしは女子としては最高の「学歴」があるのよ。
こうして、祖母は「家柄」に強いコンプレックスを持ち、
必要以上に「学歴」を重視するようになった。
そんななか、祖母に待望の第一子ができた。男の子である。
上手くすればこの子が存在感の薄い先妻の息子を押しのけて跡取りになり、
いつの日か母親であるわたしをクソ婆より上座に座らせてくれるかも。
そう夢見た祖母は息子を溺愛する。
しかし、祖母が第二子である長女を妊娠出産しバタバタしてちょっと目を離した隙に、
使用人の家で貰ったいなり寿司を食べた息子は、
疫痢にかかってあっけなく夭折してしまった。
なぜ死んだのが先妻の息子ではなく、自分の息子だったのだろう。
絶望した祖母はますます意固地になって、
なんとしても跡継ぎにする男の子をと第三子を生むがまたも女の子。
そこで息子を失った祖母の気持ちを慮った祖父は、
長男をゆくゆくは一人娘だった先妻の実家の跡取りにして、
長女を我が家の跡取りとして大人になったら婿をとらせようと提案した。
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