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2017年05月10日09:57

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渡辺和子「“の”の字の哲学」


渡辺和子さんの講話集「愛をこめて生きる」より転載しました。

ある神父さんが、家庭円満の秘訣として「“の”の字の哲学」というお話をされました。

たとえば、夫が会社から帰ってきて「ああ、疲れた」と言ったとき、「疲れたの?」と言ってあげる。「暑かった」と言う夫に、「暑かったの?」と言ってあげる。それが“の”の哲学だと言われるのです。

「あなただけじゃなくて、私も疲れたのよ」などと言わず、相手の気持をそのまま受け止めるとき、家庭に平和が生まれるというお話でした。

私たちには口が一つ、耳は二つあります。それは人様の話を二倍聞いてあげるためかもしれません。でも私たちは、つい耳が一つ、口が二つあるように錯覚し、相手の気持を聞くことを忘れ、相手の話を遮ったり、自分のことを言ってしまうことが多くあります。

学生たちにしても、一人が「アルバイトが大変なんだ。夜7時まで立ちっぱなし」と言うと、もう一人は「私は9時までよ。7時なんていいほうよ」と言ってしまう。相手はもっと話したいことがあるかもしれないのに、話の腰を折ったり、気持をそいでしまう。
それは私たちが、自分中心になっているからではないでしょうか。

私も修道院で、花粉症に悩んでいるシスターに「夕べは鼻が詰まって夜中まで寝られなかった」と言われたとき、「お医者様のおっしゃるとおり、お薬飲んでいるの?」と答えてしまいました。そのあと、なぜ「つらかったでしょう? 眠いでしょう?」という言葉が出なかったのだろうかと反省いたしました。

というのも以前、このような話をうかがったからです。

ある入院患者さんが、眠れない夜が数日続いた。そこで主治医に訴えたところ「薬の量を増やしましょうか? 薬を変えましょうか?」と言われたそうです。

ところが同じことを看護婦さんに訴えると「つらかったでしょう。夜が長かったでしょうね」と言ってくれた。その言葉で救われたというお話でした。

私がシスターに答えたこと、この医師が患者に言ったことは、処方箋的な答えだったと思います。決して不親切ではないけれども、親切でもなかった。もう少し優しさや思いやりがあれば、ほかの言い方ができたのではないかと思いました。



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