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2017年05月06日18:25

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Johann Sebastian Bach(ブレハッチ)

【収録曲】
1 イタリア協奏曲 ヘ長調 BWV.971
2 パルティータ第1番 変ロ長調 BWV.825
3 4つのデュエット BWV.802-805
4 幻想曲とフーガ イ短調 BWV.944
5 パルティータ第3番 イ短調 BWV.827
6 主よ,人の望みの喜びよ
    (カンタータ「心と口と行いと命もて」BWV.147よりコラール,ヘス編)
 
ラファウ・ブレハッチ(Pf)

録音
2012年1月,フリードリヒ・エバート・ハレ,ハンブルク
                        (BWV.825,802-805,944)
2015年2月,マイスターザール,ベルリン(BWV.971,827,147)
Deutsche Grammophon 479 5534


これは今年2月に発売されたラファウ・ブレハッチの新譜。彼のステージは一度聴いたことがあるが,リサイタルへ行ったこと以外何も記憶に残っていない。このCDを聴いて,なぜ何も覚えていないのか,その理由がわかった。従来のピアノ演奏についての観念では,ブレハッチのピアノを理解するのは難しいのが主な要因。

このディスクを聴いた最初の印象は,彼のリサイタルを聴いたときと同じで,面白くも何ともないというものだった。無味乾燥でバッハの楽譜をただ機械的に弾いているだけのようだった。ブレハッチが弾くバッハは,どこか現代曲の演奏に通ずる何かがあると思ったのは事実。そして,正確無比にコントロールされたピアノの音の粒立ちや音色そして速めのテンポは,チェンバロの響きを思い起こさせたこともたしか。ストイックで厳格なピアノは,峻厳なバッハの音楽にふさわしい演奏スタイルなのだろうし,現代音楽の演奏にもふさわしい様式だろう。だが,あまりにも感情移入が乏しく,即物的すぎてつまらなく感じたものだ。

例えば,このCDの最後に収められた「主よ,人の望みの喜びよ」。音量を抑えるだけでなく,音楽に表情を与えることも排除した演奏だ。静謐な空間で,この有名なコラールがただ静かに響いているだけ。変化といえば中間部で音量が多少上がるくらい。まるで余白をたっぷりとったモノクロームの絵画をみているよう。ただし,その絵が展示されているのは,ドイツの古い教会の内部ではなく,都市の一角に建てられた鉄とガラスとコンクリート造りの斬新なデザインのビルにある瀟洒な展示空間を連想させる。照明の落とされた室内はグレーの色調で統一されている。

このようなスペースでなら,なじみ深い絵でもその印象が変わるように,聴き慣れたバッハの有名な曲も,このような雰囲気の中で聴くと異なる印象を抱く。たぶん,ブレハッチのねらいはそこにあるのではないだろうか。現代の光のもとにバッハを置いて,バッハ作品の普遍性,とりわけ顧みられることが稀であった側面に光を当てようという目論見なのではないかと思う。

従来のピアノ演奏は,テンポを動かしたり,タッチを変えたり,音量を連続的に変化させたりして音楽に豊かな表情を与えてきた。いうなれば,こうした技法で音楽に色彩を施して作品のニュアンスを拡大して表現するとともに,演奏者の解釈やメッセージを伝える路線を突っ走ってきたといえる。

だが,ブレハッチはこうした伝統に革命的な地殻変動を起こそうとしたのかもしれない。それぞれの作品ごとに,少なくともひとつの楽章では,テンポを動かすことはなく,音の粒はきれいに揃え,音量の変化も2段階か3段階に限る。チェンバロを意識した奏法であることは間違いない。とはいっても,グールドのように作品をデフォルメするアプローチとは正反対。

では,濃やかなニュアンスでもなく,デフォルメによる強調でもなく,人工知能が演奏するような感情を排した無機的ともいえるピアノで,ブレハッチはバッハの何を表現しようとしたのだろう。バッハ作品を突き放して,可能な限り距離を置き,数学的な厳密さを思わせる音楽的な美を伝えたいと考えたのではないだろうか。人里離れた山奥で夜空の星を見上げたときの宇宙の壮大さとその秩序の美しさをバッハの音楽に発見し,それを表現する試みのような気がする。

そして,そのことを可能ならしめたのは,夾雑物を極限まで削ぎ落とす感性,最適なテンポを探りあてる直観,作品の構造を再現するバランス感覚にブレハッチが恵まれていたからだろう。何よりも彼がこの時代に生を享けたことが最大の要因だろう。芸術家は時代の申し子だというのは手垢がついたフレーズだが,この時代に生まれていなかったとすれば,このようなバッハの演奏は不可能だったことを痛感する。彼よりも前の世代のアルゲリッチやピリスによるバッハ作品のアンソロジーを聴き直してみたが,ブレハッチの現代感覚あふれる演奏がどれほど斬新でこの時代の空気にマッチしていることか。そして,快調なテンポからは,真新しい歌が浮かび上がる。

イタリア風の輝きと歌を協奏曲の枠組みで表現した「イタリア協奏曲」は,比較的落ち着いた雰囲気の演奏。それでもアレグロ,アンダンテ,プレストのコントラストから明るい陽光がじんわりとにじむ。3作のクラヴィーア組曲(「イギリス組曲」,「フランス組曲」,「パルティータ」)の中から,その集大成ともいうべき「パルティータ」に目がゆくのは自然の成り行きだろう。軽快で華やかな「パルティータ第1番」は,どちらかというと地味に聴こえる一面もあるが,聴けば聴くほど的確なテンポ感と確かなバランス感覚が光る。そしてバッハの宇宙の一角を切り取ったような美しさも堪能できる。重厚感のある「4つのデュエット」では,心地よいテンポで対位法をさり気なくかつ鮮やかに描く。「幻想曲とフーガ」は,速いテンポのオルガンを思わせる弾き方で,自由なファンタジーと厳格なフーガを描き分ける。多彩な性格の組曲から成る「パルティータ第3番」では,それぞれの組曲の個性を尊重しつつも,ひとつの音楽的宇宙としてまとめ上げる構成力が水際立っている。

難解で歯が立たなかった書物を読み解いたときのような達成感を覚えている。つまらないと思いつつも,ブランクを挟んで聴き続けたのは,微かではあるが何か惹かれるものをこの演奏に感じていたからだと,今になって思う。音楽と虚心坦懐に向き合う基本に忠実だった結果,バッハの音楽が持つもうひとつの世界が拓けてきたことに満足している。
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