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2017年04月10日14:15

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ベクトルは大型タンカー、トレンドは小さな遊覧船

ベクトルは、いわば、羅針盤と舵を備える、大きなタンカーです。
トレンドは、ブレや揺さぶりに弱い、遊覧船や漁船のようなものです。
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いま自然性向意識のベクトルでなく、将来の予測の基本的に困難な、目先のトレンドのみに、政治や経済、マスコミ、学問・教育が、その中心を置きがちとなっています。
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大きなベクトルはトレンドとは異なるもので、通常ベクトルは時間軸のうえで、相反するAかBかの選択の形をとります。
AとBは通常矛盾しているので、矛盾したどちらか一方の選択しか、選択軸の足場はないようにみえます。
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しかし、目先のトレンドは風見鶏の立場に立つものなら、より明白・端的に利益確保に結びつくことから、結局AとかBのビッグの存在に無頓着となり、実利に沿う我利の矮小なもののみになりやすいものです。
日本のいまの政治や経済、学問、大衆のもつ志向性は、その大局的見地、長期的視野、本質から目をそらしているようにみえます。
つまり、そうした限られた視野、視界のもとにおける、目先の利益や有利な状況や立場に、優位を確保する視点を個々も彼処も置きがちとなっているようにみえるのです。
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トレンドは生来的に予測不能であり、長期的な視野や巾びろさを欠きます。
だから、見かけはいかにタンカーのように見えても、トレンドが中心となると、様々な収集困難な要因に振り回されやすくなります。ブレや揺さぶりのために、全体的な方向性を見誤りがちになるわけです。
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ベクトルの存在に気づいても、トレンド位置から、本質的なAかBかのベクトルの確たる見定めが困難となります。
そこでは、長期的、全体的視野とのバランスが必要となっています。
様々あれど遊覧船や漁船のゆくえを、最終的に決めるものは羅針盤と舵であり、トレンドの固有の水準や基準だけでは(ベクトル位置につき)適切な把握・対応ができません。
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ですからそこにおいて、本質的なもの、歴史的、専門性を欠かさぬ、自然と地球と生命の緻密な感性に即する、クリエイティブな視点を必要としていきます。
… それは基本的に目に見えるもの、いま聞こえる声だけには限りません。
むしろ、大きなベクトルは、その時間軸上に置かれた軸足の「外の視点」の方が、成長・進化に関わるハイスペックな、今後の長期的で広範な視点を的確に示してくれるのかも知れません。
その軸足の外にも視点を置くということは、条件的に、意識の変容という拡大をも必要とするものです。
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この日本列島自体も、更なる一体・全体の世界も、いわば、真の魂の声を聞かなければならないのでしょう。
それは不即不離の近隣の「空間」と交流を示唆するものでもあれば、生と死の端境にある「時間」の波間から、物象を超えた、理解や共感をも必要としているものでも あるはずです。
そうした存在にも、真正面から、真正直に、もっと意識して、謙虚に検証し直しブレることなく、現在の視点から向き合う必要があるものと思います。その物象を超えた広域の意識への拡大が要請されると思うのです。より拡大され真相に迫る、奥行きと展望ある真実が見えてきません。
卑小化してみないことです。
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その大きさと高さをもつ視点こそ、いま政治と官僚やマスコミ、国家と国民に欠けているものにみえます。
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Photo by "インターネット"
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* 以上、The tree of Zen とその仲間たちの 中村 高徳さんの ご紹介文章(4月5日)です。
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