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2017年01月29日21:17

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クァルテット・ベルリン・トウキョウ

【Vol.5 プログラム】
ハイドン: 弦楽四重奏曲 変ロ長調 「日の出」op.76-4, Hob.��:78
バルトーク: 弦楽四重奏曲 第3番 Sz.85
ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲 第8番 ホ短調「ラズモフスキー第2番」op.59-2

(アンコール)
グラズノフ: 「5つのノヴェレッテ」から第2曲”オリエンタル” 
ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲 第8番「ラズモフスキー第2番」から”第4楽章”

2017年1月28日(土),16:00〜,ふきのとうホール


【Vol.6 プログラム】
ハイドン: 弦楽四重奏曲 変ホ長調 「冗談」op.33-2, Hob.��:38
細川 俊夫: 弦楽四重奏曲「開花」
ベートーヴェン: 弦楽四重奏曲 第13番 変ロ長調 op.130

(アンコール)
J.S. バッハ: 「マタイ受難曲」から”我が心の切なる願い” 


2017年1月29日(日),14:00〜,ふきのとうホール

守屋 剛志(第1ヴァイオリン)
ディミトリ・パヴロフ(第2ヴァイオリン)
ケヴィン・トライバー(ヴィオラ)
松本 瑠衣子(チェロ)


この週末は,ふきのとうホールのレジデンス・カルテット,クァルテット・ベルリン・トウキョウを聴いてきた。4人のメンバーは全員30代になったばかりの若々しいカルテットで,ベルリンを拠点に活動している。2015年から3年間,このホールのレジデンス・カルテットを務める。このホールでは,これまで4回演奏会を開いている。

クァルテット・ベルリン・トウキョウが優秀な弦楽四重奏団だという評判は聴いていたものの,彼らの演奏会へ行く機会がなかった。ようやく願いが叶ったわけだが,うわさどおりの良いアンサンブルである。元気発剌とした実に巧いカルテットだ。

メンバー全員の音楽的な力量が高く,どの演奏曲目も自分達なりに消化吸収し,それを自分たちの言葉で表現する習慣が身についているようだ。確かに多少荒削りな一面がなくもないが,みずからの感性を信じ,快刀乱麻を断つようなところがあり,ある意味潔い演奏といえる。つまるところ,非凡な才能に恵まれた弦楽奏者が集まった結果だといえよう。それに若さの特権をフルに活かした割り切りの良さが加わる。いずれにしても,明快この上ない演奏だ。

リズム感の良さが,若々しい溌剌とした演奏というイメージを与えることも確かだ。やや速めのテンポにのせて,小気味の好いリズムを刻む。それも単調なリズムではなく,曲調やそのフレーズに合わせて変幻自在極まりなく,一瞬たりともマンネリに陥ることはない。その場で音楽が新しく誕生しているように錯覚させる効果満点。

そして,4人の独立した弦楽器奏者が,弦楽四重奏団としてのアンサンブルを追求するプロセスを通じてひとつにまとまる,そのような印象を持った。4つのパートが各自の音楽を徹底的に極めると同時に,自分以外のパートにも耳をそばだてる。この基本を徹底する過程で音響体として一体化するようにきこえる。あらかじめ,このような音楽を目指そう,このような響きを生み出そうという約束事がないので,自発性に富んだ演奏が可能になったといえそうだ。

プログラムは2日とも,まずハイドンを演奏して,次に現代作品を挟み,最後にベートーヴェンで締め括るという構成だ。ハイドンは弦楽四重奏の基礎なのだろうし,現代作品は最先端に挑むことが狙いで,ベートーヴェンはカルテットの最高峰を攻略すること意図なのだろう。

ハイドンの作品は,1日目の「日の出」も2日目の「冗談」も健康的で喜びに満ちた演奏だった。「冗談」ではユーモアーも付け加わる。ハイドンの弦楽四重奏曲なのに,第1ヴァイオリンとその他の声部という二分法ではなく,各パートの動きを際立たせているのは面白い。音色も一皮むけたような新鮮で活き活きとしていて,つい最近生まれたばかりの音楽のようにきこえる。

現代作品は2曲とも夜の音楽。バルトークは月明かりが煌々と照らす古い街並みを彷彿とさせるが,ただならぬ何かを秘めた東欧のダイナミズムを感じさせる。細川俊夫の「開花」は夜霧の立ち込める池に咲く睡蓮を思い起こさせる現代日本画のような雰囲気を持つ。細川はクァルテット・ベルリン・トウキョウの結成に深く関わった作曲家とのこと。

ベートーヴェンの弦楽四重奏曲からは,中期の傑作「ラズモフスキー第2番」と後期の「第13番」。「第13番」の第6楽章は「大フーガ」に差し替え。「ラズモフスキー第2番」はお手本になるような演奏であり,とりわけ第4楽章のリズム処理はお見事。「第13番」では,若さというか経験の差が露呈する。やはり作品のスケールが巨大過ぎて,どうしても消化不良を起こしていいることが演奏に出てしまう。第3楽章のおどけたような民族舞曲,第4楽章のレントラー,第5楽章のカヴァティーナまでは格闘の跡はうかがわれるものの立派な演奏の部類に入るだろう。だが,「大フーガ」では勢いと力業で強引に押し切ってしまった感がある。

このカルテットの演奏を初めて聴いて,良い団体を見つけてきたものだと感心した。このホールの聴衆がこのカルテットを育て,このカルテットもこの街の聴衆を導くという好循環が生まれている気配を感じ取る。採算にあまり囚われず,公平性や中立性に縛られないフィランソロピーの良い面が開花しつつあるようだ。

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