色々なところに何度も書いているけど、少しでも多くの人の目に触れるように今回も。
「号泣」の「号」は、「怒号」「号令」などと同じく、「(大きな)声を出す」こと。
だから、どんなに悲しくても感動しても、涙がたくさん出ても、ワンワン、オイオイと声を出して泣かなければ号泣ではない。
私が生涯唯一見た、映画や劇以外での本当の「号泣」は、例の号泣議員、野々村某のあれ、ただ一例である。
最早「言葉は変化する」という、それ自体は正しいが適用においてクソ理論なあれ、あれによって「号泣」という言葉は違う意味を持ってしまったのかもしれないけれど。
『ウロボロス』最終巻発売で感動の声続出「読んでる間泣きっぱなしだった。そして猛烈なウロボロスロス!!」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=140&from=diary&id=4385640
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