【ゾロアスタ―の秘法】が告げる72年周期の法則と恐るべき近未来とは?
筆者がずっと引っ掛かっていた超自然情報に、1991年9月7日の朝日新聞夕刊
に掲載された、イラン系ロシア人の
占星術師《パ―ベル・グローバの予言》がある。といっても、正確にはその予言の「一部」である。
記事は「新ソビエト紀行10」という連載もので、取材者はかの
本田勝一氏。
取材自体はその年の4月末に行われたという。当時はソ連の政局が酷い混乱
状態にあり、世界が固唾を呑んで同国の行く末を見守っていた時期だった。
この「新ソビエト紀行10」はまた、かの五島勉氏が『ノストラダムスの大予言残された希望編』(92年刊)で取り上げたことでも当時有名になった。
五島氏は本多記者に個人的に接触し、グローバ予言の未公開部分を入手した上で同書を書き上げたのだ。
■的中
したソ連崩壊とプーチン体制確立の予言
結論から言うと、その時の予言は、当たりハズレがある。ゴルバチョフ失脚とソ連解体の予言については
ピタリと的中した。
しかも、これらの混乱が「新体制で安定するのは2003年から4年にかけて」というのもほぼ史実通り。
というのも、
プーチンが第2代ロシア連邦大統領に就任した2000年5月当時、ロシア経済を支配していたのは
「オリガルヒ」と呼ばれた新興財閥だった。
その
オリガルヒが初代のエリツィンと側近政治家たちと癒着し、ロシアの国富の大半を支配していた。
実は、当時の7大オリガルヒのうち6社がユダヤ系で、バックにいたのもロックフェラ―とロスチャイルドだった。
しかも、
アル中の
エリツィンに代わって真に政局を取り仕切っていたのが、外務大臣や首相を務めた経済学博士の
プリマコフ(ユダヤ系)だった。
プーチンは大統領に就任するや、ロシア国富の奪還作戦を開始した。それは端的にいって「彼ら」との壮絶な
死闘だった。
ようやく
プーチンがロシアの手に富を取り戻したのが2003年〜4年にかけてだったのです。つまり
グローバ予言通りだ。
対して、
グローバの中東情報に関する予言は、まったく駄目
。大ハズレである。
トカナ
転載・・・・続く
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