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2016年07月30日13:47

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「コミック版・神との対話」



ニール・ドナルド・ウォルシュ『神との対話』のコミック版です。抜き書きします。

物事に意味はない
★私はすべての者につねに語りかけている。問題は、誰に語りかけるかではなく、誰が聞こうとするか、ではないか?

★私は見ているだけだ。この世のあらゆる事象において私が手を出したら、あなたがたの意思を損なうことになる。あなたがたが“体験”するのを妨げることになり、あなたがたと私が共に選んだ意志を損なうことになる。

★まず初めにあったのは「存在のすべて」それだけだった。
他には何もない。他に何かがなければ、「存在のすべて」もないということになる。

★「存在のすべて」は裏返せば「無」と同じだった。

★「存在のすべて」はあるのは自分自身だけで、自らの絶対的なすばらしさを概念的には知っていたが、それだけでは充分ではなかった。なぜならそれは体験的ではなかったからだ。
そこで自らを体験したいと強く望んだ。すばらしいとはどんな感じなのか知りたがった!

★だが、すばらしいという言葉はそういった相対的なものだ。すばらしくないとはどういうことか、わからなければ、すばらしいということを知ることができない。否定があって初めて肯定があるからだ。

★そこで考えた。一部は全体よりも小さい。自らを分割すればそれぞれの部分は全体より小さいのだから、残る全体を振り返ってその大きさを知ることができるだろう。

★「存在のすべて」は自分を分割した。栄光の一瞬に初めて「これ」であるものと「あれ」であるものとになった。すべて同時に生まれた・・・・・・。

(絶対的世界とは、中和的な世界ともいえます。陽―陰、大―小、男―女、熱―冷、、わたしーあなた、ここーあそこなど、相対的なものすべてが存在しながら中和となり、色にたとえると白色あるいは透明な光のようなものです。光は白色でありながら、プリズムを通すと赤・橙・黄・緑・青・藍・紫になります。白色のように中和的、絶対的存在である神は、自らの要素を分割することによって、色彩豊かな相対的世界を創造したのです)。

★自分自身を分割した私の聖なる目的は、たくさんの部分を創って“自分を体験的にしること”だった。創造者が「創造者である自分」を体験する方法はただひとつしかない。

★それは創造することだ。そこで私は自分を無数の部分に分割、細分化し、それぞれに全体としての私が持っているのと同じ創造力を与えた。
米人間は神から出、神の本姓、神性を与えられた(瀬良)。

★ちなみに、あなたがたが「人間は神に似せて創られた」というのはそういう意味だ。一部で言われているように、物質的な肉体が似ているということではなく、本質が同じだという意味だ。

★あなた方はどんな風にもなれる。できないこともないし、手に入れられないものはない。

★本当にしてはすばらしすぎるという理由だけで、何千年もあなたがたは完璧な愛を考えられず、完璧な約束も考えられない。

★完璧な人間も考えられない。だから自分自身すら信じられない。神の最大の贈り物である無条件の愛と最大の約束である無限の可能性がそこにあるのに。

★「ハンディをもって生まれた人は?」
その人たちに彼らの魂が選びもしない制約があると思うか? どんなチャレンジであれゆきあたりばったりに出合っていると思うかね?

★「人生を前もってえらんでいるのですか?」
それは違う。経験を創り出すことが(私の一部である)魂の目的なのだから、前もって選びはしない。だが経験を創り出すための人や場所、出来事は選ばれ、条件や環境、チャレンジや障害、機会と選択肢は選ばれている。

★パレットの中の色の道具、作業場の機械は選ばれているのだ。そこで何を創るかはあなた方の仕事だ。それが人生というものだ。

★魂が何を意図し、何を課題に選んだのか、あなたがたにはわからない。分かっていては体験を想像できないからだ。ただ、あなたがたには限りない可能性が開けている。

★だからあらゆる人と条件を祝福し感謝しなさい。

★他の人たちの選択に注目しなしなさい。決めつけたり批判したりしてはいけない。彼らの選択は今の時点では完璧だということを知っておきなさい。

★それぞれの魂にそれぞれの道を自由に歩ませなさい。

★「いくら人の選択が完璧だからって、困っているように見えたら、手を貸したくなりますよ。それもするなと?」・・・・・・・・明らかに正しいと思うならそれをするがいい。

★しかし、何かを正しいと考え、何かを間違っていると考えるのは、一方的な決めつけだということを覚えておきなさい。

★物事はそれ自体に正邪はない。正邪は物事の本質でなく、個人の主観的な判断だ。

★主観的な判断によって、あなたは自らを創り出す。何者であるかを決定し実証するのだ。

★その判断が下せるように、今日のような世界が存在している。世界が完璧になったら創造のプロセスとしての人生はそこで終わってしまうんだ。

★私はあなた方自身がしないことは何もしない。それは法則であり預言だ。

★あなた方が選んだから世界は今のような状態なのだ。あなた方自身の人生が今のようになったのは、あなた方の選択なのだ。あなた方が何かを選択した、あるいは選択しなかったことに基づいているのだ。

★「事故や病気といったアクシデントはどうです? それも僕らが選んでいるんですか?」
・・・・・・・・アクシデントは起こるべくして起こる。あなた方は、自分なりの理由でそれを不運と呼ぶかもしれない。だが魂の課題という観点から見れば不運でないかもしれない。

★出来事を大きなモザイクの一辺として受け止める術を覚えなさい。繰り返すが物事に善悪正邪はない。

★ただ、あなた方は「真の自分を実現しない」という忘却の淵から自分を救おうとしているのだ。

★「僕はただ幸せになりたいだけなんだ・・・・。辛かったり苦しかったりするのは、もうイヤなんです。・・・・・・・・私は苦しみを喜ばない。いいか。苦しみは出来事とは何の関係もない。出来事はただ起こっているだけだ。それをあなた方は、どう感じるかは別の問題だ。

★出来事は私にはコントロールできない。あなた方の選択には決して介入しない。それでは、最初に説明した私たちの目的が達成されないからだ。自分が何者であるかは、自分で決定しなさい。

★あなたは、本来の自分を体験的に知りたいはずだ。

・・・・・とにかく、これが“神との対話”の始まりだった。



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