釈尊はいう。
他人の過失は見やすいけれども、自己の過失は見難い。人は他人の過失を、
風に向かって、もみがらのように吹き散らす。
他人の過失を探し求め、常に思いたける人は煩悩の汚れが増大する。
他人の頭のハエは追い払い易いが、自分の頭のハエは追えないとよくいわれるように、自分を改めることは、難しい。特に気に入らない人にいわれると腹立たしくなるだろう。
他人に善意をもつ練習をしよう。他の人が元気で笑顔に満ちていることをいつも心に願うことをやってみよう。心に浮かぶ悪しき感情や、性癖をのり超えることを、今生の課題としよう。
他人に投げた矢は、やがて自分に返ってくる。他の人に厳しい評価や、傷つけるような言葉、感情を投げつけることをやめるがいい。
そうすると、あなたが救われることを知る。笑顔が生まれ、他の行動が気にならなくなり、人生の車輪が回りはじめることを体験するだろう。
以上、北川八郎氏「ブッダのことば」(致知出版)を参考にしました。
次ぎはトルストイです。「人生の道」より引用しました。
人を裁くことなかれ。されば汝らも裁かれず。人を裁きし如くに己も裁かれん。人を量りたる秤にて己も量られん。
何故、兄弟の目にある塵を見て、己が目にある梁木(はりぎ)を認めざるや。あるいは己が目に梁木あるに、何故兄弟に向かって「汝の目より塵を取り除かしめよ」と言うや。
偽善者よ、さらば兄弟の目より如何にして塵を除き得るかを悟らん。(マタイ伝7)
人の罪を庇うがよい。神はその人とあなたとの二人の罪を許し給うであろう。
人の悪口を言えば、一度に三人が傷つく。第一に悪口を言われた人が傷つき、第二に悪口を聞かされた人が傷つくけれど、第三は、悪口を言う人自身が最も傷つくのである。
自分が正しいときも黙っていられる人は、非常に強い人だといえる。
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